オーバードーズ

 真夏の昼間は暑い。ただ歩いているだけでも汗が噴き出す。
 暑さが判断力を奪う。というのは、自分に都合のいい言い訳だろうと自分でももう分かっている。最強である筈の五条悟が、暑いからというだけで判断を誤る筈がないのだ。


「……なあ、俺をこんな場所に連れて来てどうするつもりだよ」
 傑の背中に向かって問い掛けながら、俺は何をしているのか、と同時に自分に問い掛ける。傑はもう以前の傑ではない。呪詛師だ。しかも処刑対象の。大勢殺している上に、両親まで手に掛けている。捕えなければいけないのに、何故傑とこんな流行っていなさそうなホテルにいるのか。
 鄙びたラブホテルの一室。空調が効き過ぎている部屋は涼しく、むしろ寒いくらいだ。炎天下の外とは温度の差が激しく、汗が引いていく。ずっとこの温度設定にしていたら風邪を引くかも知れない。
 白いレースのカーテンが強烈な日差しを遮っている。照明がついていない部屋の中は薄暗く、部屋の寂れ具合も相俟って哀愁漂う雰囲気を醸し出していた。真昼にこんな場所にこんな男といるということに、眩暈を覚えた。
 傑がこちらに向き直る。勿論、もう高専生ではないので黒い私服に身を包んでいる。以前は団子にしていることが多かった長い髪が、顔の周りを覆っている。
 あれから一年経ったということが、傑を目の当たりにすると何故だか信じられなかった。傑、という実態がある筈なのに現実感がない。夢みたいだ。いっそ全部夢だったらよかったのにと、考えても無駄なことを考えてしまう。醒めない夢。悪夢。さながら心を蝕む病魔みたいだ。
 くすくすと傑が笑う。笑っているのに目は笑っていない。顔の作りは勿論傑のままなのに、表情が冷たい。冷たいものが背筋を這う。多分、逃げた方がいい。本能がそう告げるのに、身体は動かない。――逃げても無駄だと、身体が知っているみたいに。
「私が連れて来た訳じゃないよ。悟が勝手について来たんだ」
「……」
 確かに、ついて来たのは自分だ。街中で傑を見掛けて、思わず彼を引き止めた。そしてのこのこ彼について来た。ついて行く、という選択をしたのは自分だ。誰に強制された訳でもない。ついて行かないという選択をしていれば、傑はきっと悟をそのまま帰した筈だ。別に惜しがるでもなく。あっさりと悟と離別したあの時のように、未練などなく。
「それにね、悟」
 傑が一歩、こちらに近付く。近付かれただけで、ビク、と肩が跳ねた。恐い、のだろうか。でも、逃げられない。そもそも、逃げるという選択肢が始めから存在しないみたいに、両足は床にくっついたまま離れない。まるで、傑に触れられるのを望んでいるかのように。
「こんな場所まで来てどうするつもりって、いくら悟でもそれくらい分かるでしょ?」
 傑がにこりと微笑む。微笑んだまま、手を伸ばして頬に触れる。ぞわりと肌が粟立った。悪寒が走ったような気がするのに、空調に冷やされ始めた身体がカッと熱くなる。サングラスをそっと外され、目を直接覗き込まれる。心臓が止まりそうになった。
「っ、離せ、」
 振り払おうとする手を押さえ込まれて、キスされる。傑の唇が自分の唇と触れる。触れた瞬間に、脳が沸騰しそうになった。傑の唇に塞がれた唇も、押さえ込まれた手も、熱い。傑と触れている場所だけ熱い。腰に手をそっと添えられて、そこも熱くなる。
「っん、う、」
 舌が、強引に唇を割り開いて入って来る。噛んでしまおうかと思った。噛んで傑を傷付けて、彼が怯んだ隙に逃げる。でも、出来ない。思っているだけで行動に移せないまま、舌に舌を絡め取られて身体から力が抜けた。唾液が口内に溜まる。じゅる、と音をさせて吸われる。ぞくぞくした。
 今や身体全体が熱くて、息が出来ない。酸欠で頭がボーッとした。くらくらする。眩暈の原因は果たして酸欠だけなのだろうか。傑に久し振りにキスされて、嬉しくなっているんじゃないだろうか。嬉しくなっている場合じゃないのに。
 殆ど傑に抱き寄せられるような格好でキスされながら、服の中に手を差し込まれる。少し湿った手が熱くて、傑の興奮が手の平から伝わる。ビクリと身を震わせ、反射的にぎゅうと傑にしがみ付いた。
「っは、……は、あ……ッ、」
 唇を離され、唾液が糸を引く。目尻に涙が浮いた。気まずくて俯いてしまった。でも傑がどんな顔をしているのかどうしても気になって、荒い息を吐きながらとろりと潤んだ目を傑に向けた。傑は息も乱さず冷たく微笑んでいた。
「悟、君は一体いくつになったんだい?」
 馬鹿にするように小さく笑い、傑が悟の濡れた唇に指を這わせた。触れられるとやっぱり熱くて、熱いのに悪寒が走るような感覚がして、高温で焼かれるみたいにまた熱くなる。
 傑の指を、舐めたい。反射的にそう思ったが、指はすぐに離れてしまった。
「悟のキス、いつまで経っても子供みたいで可愛いね」
「……う、るさい……」
 頬が熱い。恥ずかしくて目を逸らした。そのまま腰を掴まれて、古びたソファへと誘導される。あくまで、優しく紳士的に。ベッドに強引に転がさない辺り、悟が自分の意志でここにいるんだよと強調されているようで居たたまれなくなった。
「こっちは子供じゃないのにね」
 囁きながら傑が股間に手を伸ばした。さっきのキスの所為で、そこは既に兆している。傑の手が軽く触れただけで、その先を想像して益々固くなる。ひう、と口から悲鳴のような期待するようなどっちつかずの声が漏れ出てしまった。
「……ッすぐる、や、やめ、」
 行為を拒絶するような言葉を吐きながら、もはや身体は傑に触れられて従順に反応している。
「やめて欲しくない癖に」
 見透かすような言葉を耳奥に吹き込まれて、ビクリと腰が震えた。
 駄目だ、抗えない、と思った。
 抗える筈がない。傑に触れられたいと、触れて欲しいと、それに隙間を奥まで埋めて掻き回して欲しいと、ずっと思っていた。ずっとずっと、傑がいなくなってから寂しかった。だから、ソファに向き合った状態で座らされたままでズボンの中に手を突っ込まれてもろくに抵抗もせず、行為を受け入れるかのように、ぶるりと身を震わせた。
「っあ、すぐ、る……ッ、」
 直接握り込まれれば、ぞくぞくと背筋に痺れが走る。思わずぎゅうと傑の肩を掴んでしまう。縋り付くみたいに。下着の外へと引っ張り出されてしまった性器を、傑の手がゆっくりと扱く。焦らすようなその触り方がもどかしいのに、身体がどんどん熱くなる。亀頭が露出して、蜜がじわりと滲み始めた。
「相変わらず敏感だね、悟。久し振りに私に触って貰えて嬉しいの?」
「ち、がう……っあッ、あ、だめ、」
 ふるふると首を横に振って否定するのに、薄く幕が張ったようなピンク色の先端に指を這わされ、甘く切ないような快感に腰が跳ねた。図らずも傑の指に先端を押し付けるような格好になってしまう。指が鈴口の割れ目に食い込んで、どっと先走り汁が溢れ出て来る。濡れた指に小さな窪みを掻き混ぜるようにされて、ビク、ビク、と何度も小刻みに身体が跳ねる。蕩けてしまいそうな快感に、徐々に理性を奪われていく。
「や、だぁ゛……ッも、離、ッあひ、あぁ゛っ……!」
「いつまで経っても素直じゃないのは変わらないね」
 顔が近い所為で、傑の声が鼓膜を擽る。敏感になった身体がいちいち声を拾って反応する。
 拒否出来ない。気持ちいいから。傑に触れられて嬉しいから。でもそれを傑に見透かされたくない。とっくに見透かされていると分かっていても、プライドが邪魔して素直になんてなれない。だって傑は呪詛師で、大勢殺していて、親まで殺していて、処刑対象で、もう親友じゃなくて……頭の中がぐるぐるして、思考が纏まらなくなっていく。考えるのを放棄して、与えられる快感に身を委ねてしまいたくなる。その方が楽だし、気持ちいいから。
「は、ッふあ゛ッあ、すぐる、」
 腰が浮く。下着ごとズボンをずらされる。露わになる白い太腿を撫でられながら、ねえ下全部脱いでと耳元で囁かれる。前が切なげに震えながら間断なく蜜を零し、古びたソファの生地に卑猥な染みを作っている。
 嫌だった。耐えられない。両目をぎゅっと閉じて、首を横に振る。それなのに、目尻に涙を浮かべて目を開けて、震える手で下着とズボンを足から抜き取っている。
「さとる、言葉と行動が全然噛み合ってないよ」
 わざわざ指摘されなくても分かっている。分かっていることを指摘された所為で、耳まで真っ赤に染まった。羞恥で消えてしまいたくなる。フェアじゃない、と思った。自分は勃起して、下半身丸出しなのに相手は服を着たままだなんて。そんなの、一方的にいいように弄ばれているみたいで……ぞくぞくする。ひくんと後ろがひくついて、そこに自分の手を伸ばしてしまいそうになる。傑が見ているのに。
 ソファの横の棚から、傑がローションのボトルを手に取った。鄙びていても流石はラブホテルと言うべきか、至る所にそういう物が配置してあるようだった。
「私がいなくなって、寂しかったの? いっそ、君も私と一緒に来ればいいじゃないか」
 緩く微笑みながらそんなことを言う傑が何を考えているのか理解出来ない。呪詛師になれとでも言うのか。そんなこと、出来る筈がないのに。オマエがこっちに戻れよと思う。だが、それももう出来る筈のないことだ。
「っう、あ……ッ」
 冷たいローションを性器に垂らされ、ビクッと身が竦む。ぬちゃぬちゃと、さっきの焦らすような手つきとは打って変わって容赦なく強めに扱かれる。強過ぎる快感にビクッビクッと腰が何度も震えて、また傑にしがみ付く羽目になる。しがみ付いたら快感を逃すことが出来る訳でもないのに。むしろコップに水が溜まるみたいに、どんどん体内に蓄積されていく。溢れ出したらどうなるんだろうと恐くなる。
「はぁ゛ッや、すぐる、ッあ゛ッやら、」
「私と一緒に来なよ。君なら、私は大歓迎だよ」
「何、言って、っあ゛ッだ、だめ、」
 ぐちゅ、ぬちゅ、といやらしい音をさせながら、赤くなった鈴口を指先に抉られて目の奥で火花が散った。
 一瞬、傑と一緒に行くという選択肢が頭を過った。一緒にいれば、こうやって可愛がって貰えるのだろうか。気まぐれに弄ばれて、愛玩動物のように扱われるのだろうか。いっそ、そうされたかった。悟が一緒に行くと言えば、恐らく傑はそれを受け入れてくれるだろう。だが傑はきっと、悟が傑に対して抱いているような感情を悟に抱いている訳ではない。気に入った玩具を傍に置いておきたいと、その程度にしか思っていない。
 悲しくて哀しくて涙が出た。傑の一番には永遠になれないし、彼が呪詛師となった今、彼と行動を共にすることは不可能だ。
「一緒に来るかい?」
 伏せていた顔を上げさせられて、傑と目が合う。その目に、以前はあった優しげな色はもうない。昏い空洞みたいで背筋が凍る。  咄嗟に嫌だと言えない。口籠っていると濡れた指に一層強く先端を嬲られて、腰の奥でぐるぐると熱が渦巻いた。
「や、やら゛ッ、それだめ、イきそ、……ッひあ、あ゛ッ」
「いいよ、イッて」
 声だけは優しく囁かれながら目尻に浮いた涙を指先で拭われた。容赦なく追い詰めるように屹立を扱かれ、射精感が募る。イく、出る、と、そのことしか考えられない。熱を解放することで頭が一杯だった。でも、イきたくない。傑の前でそんな無体を働くことが嫌なんじゃなくて、――後ろを、傑ので掻き回されてイきたい。
「待、ってやだ、ッあ゛っ!? ひう、」
 そんなことを死んでも言える訳がなく、身を捩って抵抗を試みるも、ビクリと身体が一際大きく跳ねたかと思うとどろりと白濁が性器の先から滴った。どぷどぷと濃い精液が流れ出て、先走り汁が滲んでそこだけ色が濃くなったソファの生地に垂れ落ちる。あまりの快感に何も考えられなくて、傑の背中に腕を回して抱き着いてしまった。
「あ、あ゛ッ……んッあ、あっ」
「悟はさ、まだ私のことが好きなんだね」
 くす、と傑が小さく笑う。確信を得たような言葉が、ざらりと耳朶を撫でる。ちがう、と小さく呟きながら背中に回していた腕を解いた。顔を見られたくなくて俯く。見られたら、全部見透かされてしまいそうだと思ったから。まだ好きなことも、傑と一緒に行きたいことも。……傑はどうなんだろう。まだ、少しでも好きという感情が残っているのだろうか。残っていないような気がするのに、残っていて欲しかった。そんな期待をするなんて無意味なのに。
「好きじゃなかったら、こんな場所までついて来ないだろ」
「……」
「否定しないってことは、肯定してるようなものだよ」
「っちがう、って、きらい、」
「嘘つき」
 くすくすと嗤いながら、再びローションのボトルを手の平に傾け、指にたっぷり絡め取る。今度はその指を性器のその更に下、尻の窄まりの方へと伸ばされた。イッたばかりで弛緩した身体に力が入らないまま、ソファの上で足を左右に広げさせられて、窄まりに中指が触れる。ひ、と口から悲鳴になり損なったような声が漏れた。
「っあ、傑……ッやめ、――っあ゛ッ、」
 冷たいローションでどろどろの指が、身体のなかへ入り込む。身が竦み、また傑の腕をぎゅっと掴んでしまった。他に掴む物がないから仕方なくだと自分に言い聞かせながら、指がぬぷりと奥へ差し込まれる感触に身震いする。見ていられなくて目を背けたが、そこに傑の指が入っていると意識しただけで、出したばかりで萎えていた筈の性器がまた緩やかに勃ち上がった。
「だ、だめやだ、すぐ、る……! っあ゛ッん、あ、あ゛ッ」
 根元まで一気に差し込まれ、びくびくと腰が跳ねた。二本目の指まで挿れられて、中で指がバラバラに動くと下腹がずくずくと狂おしく疼いた。性器が芯を持って天を向き、とろとろと透明な蜜を零し始める。
「へえ。前は指なんかより太いのを咥え込んでたのに、一年経つとまた狭くなるんだね」
 他人事のように傑が言う。言葉につられるように、そこにもっと太いの――傑の性器を受け入れていたことを思い出す。いや、正確には彼がいなくなってから何度も思い出していた。それを傑本人の口から聞かされることで、より生々しく記憶が蘇った。
「あ゛ッ、すぐう、ッや、やら゛、」
「でも、狭くなっててもすぐに解れるんだね。もう柔らかくなってる」
「なって、ない゛ぃ……ッひっあ、あ゛ッあっ」
「なってるだろ」
 ぐぷぐぷと指を出し入れされ、身体がびくびくと何度も跳ねる。陸に上げられた魚が酸素を求めて暴れるみたいに。内壁に指が擦れる度、中の粘膜が燃えるように熱く、柔らかく熟れていく。足に力が入らなくて開いたままで、傑の眼前に無様に秘部を晒したまま指が出たり入ったりする様を傑に見られていることに猛烈な羞恥が募る。なのに、見られながら中の具合を確かめるように指を動かされて、性器は止めどなく蜜を溢れさせている。後孔が指をぎゅうぎゅうと締め付けて、貪欲に奥へ誘い込もうとしている。こんな……悟を置いて行った呪詛師にいいようにされて、身体が悦んでいる。だめなのに、歯止めが利かない。
「すぐ、りゅ……ッも、やぁ゛……ッ、」
 傑の指が、腹側にあるしこりに触れる。否、自分から指がそこに当たるようにわざと擦り付けた。狙い違わず指に前立腺をぐりっと擦られて、悦楽が背筋を駆けた。
「あ゛ッ、あ、そこ、っひあ、あ゛っ」
 腰の奥がじくじくと疼く。快感が脳を蕩かせる。指がイイ場所に当たるように自分で腰を動かしながら、切なさが込み上げて来て泣いた。きゅんと中が蠕動し、甘く痺れるような快感に何も考えられなくさせられていく。なのに、傑が指を抜けそうなくらい浅い場所まで引き戻した。懸命に指を食む後孔に抗うように。せっかく得た前立腺での快感が突然なくなって、空虚な物足りなさが心を狂わせる。指が埋まっていた空洞が、ひくんと寂しげに収縮した。
「や……ッなん、で、すぐる、っやだ、」
「うん。やなんだろ? じゃあもうやめようか」
 指が、ずるっと更に入り口近くまで後退する。傑は唇を笑みの形に歪め、愉しそうに悟を見ている。煽るように指先が下唇にそっと触れて、ぞわぞわと官能が背筋を這う。
「……」
 違う、嫌じゃない。やめるのが嫌だ。続けて欲しい。
 やめないで、なんて言えない。言える筈がない。だから目を逸らした。でもやめて欲しくないと、知っている癖に。意地が悪いし、タチが悪い。
「さとる、やめる?」
 顎を掴まれ、ぐいと強引に引かれて無理矢理目線を合わせられる。悟を追い詰めることに快感を見出すような加虐の色を浮かべた目。だが傑の目はやっぱり昏くて、この行為に対して何処か醒めたような色をも同時に浮かべている。悟を追い詰めることにすらあまり興味がないように。手慰みに遊んでいると言わんばかりに。
 何で、と思う。高専にいた頃の傑は優しかったのに。終始こちらを気遣って、大切にしてくれているのが悟にも伝わっていたのに。だから嬉しかったのに。今の傑は、冷たく突き放すような態度だ。なのに傑に冷たくされる程、追い縋ってしまう。無駄な行動と知りつつ、傑から手を引くことが出来ない。ずぷずぷと深い沼に沈んでいくみたいに、彼に絡め取られて身動き出来なくなってしまいたいと望んでいる。
「さとる」
 纏わり付くような声が鼓膜を擽る。視線が、皮膚の上を這う。ぞくぞくした。抗えない。触れて欲しい場所に触れて貰えないまま時間が過ぎる程、身体の疼きが酷くなる。もはやほんの数秒でも、焦らされることに耐えられない。
「……や、めるな……」
「君は相変わらずだね。もっと上手におねだり出来ないの?」
 身を震わせ、消え入りそうな声で言えば、呆れたように『上手なおねだり』を要求された。顎を掴んでいた指がつつと下半身へ滑り落ちていき、性器に触れる。少し触れただけなのに、快感に飢えた身体がビクンと大袈裟に反応した。
「あ゛……っ、」
「ちゃんとおねだりしないと、やめるよ」
「ひ、う……っすぐ、る、」
 気まぐれに性器を愛撫され、既に先走り汁と精液とでどろどろに汚れている性器からまた蜜が溢れ出た。傑の手が、すぐに離れていく。餌を与えることよりも、中途半端な快感だけを与えて飢えを酷くさせるのが目的みたいに。底意地が悪い。それなのに、虐められると身体がどんどん敏感になる。飢えた獣のように、理性がなくなる。理性という名の防波堤が決壊して、洪水のような欲望が一気に押し寄せる。
「……い、れて、」
 震える手を自身の後孔へと伸ばし、傑の指先を呑み込んだままの場所に自分の指をずぷりと埋めた。少しだけ圧迫感があって、苦しい。熟れて柔らかくなった自分の中で傑の指先に自分の指が触れて、ドキドキした。
「……すぐるの、ちんこ、俺のなかに、挿れて」
 傑によく見えるように、指でぐぱりと穴を拡げる。赤く色付いた媚肉がひくひくと震えて、挿入を待ち侘びているのを見せつける。そんな大胆なことをしておいて、見られると死ぬ程恥ずかしいから傑から目を逸らした。でも、傑の視線を感じると耳の奥で血がどくどく騒いだ。熱が、全然治まらない。むしろ酷くなる。指しか埋まっていないのが寂しい。腰が勝手に揺れて、乱れた息が唇の間から漏れた。
「さとるは悪い子だね」
 処刑対象の呪詛師にそんなことをねだるなんて。
 囁かれる言葉が罪の意識を心に植え付けるのに、呪詛師とこんなことをしているという背徳感が興奮の材料になる。
 傑が指を抜く。前を寛げて、現れた怒張を見てごくりと喉が鳴った。一年ぶりに見る傑の性器は相変わらず太くて長くてカリが張り出している。ビキビキと浮いた血管や先端に少し滲んだ先走り汁を見ただけで、口内に涎が沸いた。だって、身体が覚えている。傑に貫かれる快感を。挿れられて掻き混ぜられるのが気持ちいいと、もう知っている。嫌という程覚え込まされた。
「乗って、自分で挿れてみて」
 また、傑が意地の悪い提案をする。意地の悪いことを言う癖に、口調だけは優しい。逆らえない。命令されている訳でもないのに。突っぱねることだって出来る筈なのに。中を傑のもので満たされたいと、それしか考えられなかった。
「っう……、」
 羞恥に顔を真っ赤に染めながら、傑の両肩をぎゅうと掴んで腰を上げる。力が入らないのと緊張とで腿が震えた。硬くなった傑のものを掴んで、自分の入り口に宛がう。触れた亀頭に穴が吸い付いて、奥へ誘導しようとする。
「あ゛っ、はあ゛ッ、あ……っ!」
 めりめりと入り口を拡げるようにして、亀頭が中へと入って来る。久し振りの感覚にぶわっと鳥肌が立った。奥へ奥へと誘い込もうとする動きに抗わずに腰を沈める。ずぷ、ぬぷ、と音をさせて、太いのが自分の中へとどんどん埋められていく。
「ひ、うあ、はいって、ッあ゛ッ」
 ぎゅうぎゅうと穴が傑のを締め付けて、快を貪る。太くて、長くて、圧迫感が指の比じゃない。だが竿がずりずりと内壁を擦り上げるのも、欲しかった場所にみちみちと肉棒が埋められていくのも、堪らなく気持ちいい。許容量を超えた快感がスパークして、溢れ出るみたいにびゅくびゅくと性器の先から白濁が飛んだ。
「あ゛ー……ッっ!? 出て、っひあ、あ゛ッん、あ゛っ」
「はは。もうイッちゃった? すぐイくのも、変わらないね」
「だってぇ゛……ッうあ、あ、待って、すぐゆ、」
 腰を抱えて持ち上げられ、ずろりと太いものが体内から出て行く。張り出したカリが内壁を擦ると、イッたばかりで敏感になった身体がビクンと跳ねた。直後に下から突き上げられて、ぬぷんっと勃起が奥の奥までを擦り上げながら身体の内側へと入って来た。
「あッはあ゛……ッ」
 がくんと身が仰け反った。萎える間もなくまた前が勃起して、名残のように付着したままの白い塊の隙間からたらりと透明な汁を零した。
「待ッあ゛ッ、すぐりゅ、ッあ゛っらめ、」
「だめじゃないんだろ。気持ちよくて仕方ないって顔してる」
「ちがう、――っひう、あ、あ゛ッ」
 俯いて顔を隠そうにも、この体勢だと自分の顔の方が傑の顔よりも高い位置にある。しかも顔が近い。心臓が煩い。下からこちらの顔を覗き込む傑はやっぱり意地悪く笑っていて、なのに目は笑っていなくて、傑がどういうつもりで自分を犯しているのかさっぱり分からない。
「すぐ、るう……ッだめ、だからぁ゛……っ」
「さとるが挿れてってねだったんだろ」
 抽挿を繰り返され、火傷したみたいに中があつい。深い場所をぐちゅぐちゅと抉られ、身体がどろどろに蕩けてしまいそうなところに気まぐれに前立腺を虐められて、がくがくと腰が震えた。
「や、っあ゛っ……そこ、だめ゛、ん゛っあ゛ッ、」
「好きなんだろ、嘘つき」
「あ、っやだ、ッあ゛…ッ!」
 ごりゅ、と亀頭にしこりを押し潰され、目の奥で火花が散った。どろりと濁った白濁が勢いもなく流れ落ちる。恍惚感が、麻痺したみたいに痺れる脳を駆け巡った。思わず傑の頭を掻き抱くようにしてしがみつけば、傑に肩を押されてソファの上へと身体を押し倒されてしまった。安っぽいソファがぎ、と不吉に軋んだ。
「すぐ、る、」
 覆い被さった傑の長い髪が頬や首筋や服を着たままの胸を擽る。キスしたいな、と思ったが、傑はキスしてくれなかった。代わりに歪んだ笑みを浮かべて、キス出来そうな程の至近距離に唇を近付け囁く。
「ねえさとる、やっぱり私と一緒に来なよ」
 片足の膝裏に手を差し込まれて、足を胸に付くくらいまで高く上げさせられて、股関節が悲鳴を上げた。痛みに顔を歪めながら、ずにゅ、と硬度を保ったままの傑の怒張がより一層深い場所へ入って来るのを感じて息を呑む。
「あ゛ッ、待って、」
 一番奥の行き止まりまで到達したものが、中を一部の隙もなく埋め尽くしている。息が詰まる。なのに傑は少しずつ腰を押し付けて、もっと深い場所まで入り込もうとしている。
「傑、や……ッ無理、」
「一緒に来る?」
「い、行かない、」
「そう」
 悟の拒絶も意に介した風もなく、最初から断られることなんか分かっていたみたいに傑は冷静だ。くちゅ、ぬちゅ、と卑猥な音をさせながら、何度も執拗に奥へ亀頭をぶつける。それ以上入らない筈なのに。そこが徐々に緩んでいく気がして恐い。冷や汗が出た。
「すぐる待ってほんとにだめそこだめ入らないからねえすぐるお願い」
「大丈夫、入るよ」
「っや、やだ無理」
「じゃあ一緒に行くって言いなよ」
「……ッ無理に、決まって、――っあ゛あ゛ぁ゛あ……ッ!?」
 ぐぽん、と不吉な音と共に今まで犯されたことのない場所にまで亀頭が入り込んで来て、喉の奥から潰れたような無様な悲鳴が漏れた。ビクッビクッビクッと壊れたみたいに腰が何度も痙攣し、いつの間にか勃っていた前が、イくと思っていなかったタイミングで少し色の薄くなった精液を力なく吹き零した。
「ッらめ゛、ああ゛ッ、や、おく、だめ、」
 ずぷずぷと深い場所に出し入れされて、気持ちいいのがずっと止まらない。イッても休ませて貰えないまま、ずっと勃ったままの性器からびゅるびゅると先走り汁だか精液だか分からないものが飛んで傑の服も自分の服も汚した。
 恐い。でも気持ちいい。ずっとこうしていて欲しい。傑について行ったらまた虐めて貰えるのかも。だめだ、さっきと同じことを考えている。でも、犯されるの気持ちいい。思考が纏まらなくなっていく。
「すぐゆ……ッあッ、おく、いい、きもぢい゛、」
「は……、悟、こんなに敏感なのに、私がいない間どうやって処理してたの? 一人じゃもう、満足出来ないだろ」
 奥を犯されながらぬちゃぬちゃと性器まで扱かれて、壊れたみたいにまた精液が飛んだ。気持ちいい、がキャパオーバーして頭の中がパニックに陥る。
「あ゛ー……ッらめ゛、やら、すぐりゅ、しこしこしちゃらめ、」
「やっぱり一緒に来なよ、ねえ」
「ッや゛……ッい、いくいく、あ゛ひッ、もういく、イくから、ッあ゛っ」
「それ、どっちの行くなの?」
 ぬちゅぬちゅと中を掻き回す熱い楔に、己の粘膜が悦んで吸い付く。まるで、中でキスしてるみたいでぞくぞくする。嬉しい、なんて考えが頭に浮かぶのは、壊れている証拠かも知れない。
「っふあ゛ッ……ど、どっちも、……ッも、またイッちゃ、すぐる、ッあ゛っ」
「……私も。ねえ、中に出してもいいよね?」
「うん……っ出して、はあ゛……ッせいえき、中にいっぱい出して、っん゛、あ、あ゛ッ」
 傑の背に腕を回し、両足も腰に回してぎゅうと抱き留めた。そうしないと傑が何処かに行ってしまいそうだったから。置いて行かないで欲しかった。だって一緒に行くと約束したから。
 熱い精液を注ぎ込まれて、腹の中が熱い。どろどろの熱が腹の中を満たしていく。中で、傑の性器が脈打っているのが分かる。ずっと味わえていなかった中出しされる快感に、勝手に口元に緩く笑みが浮かんだ。
「あ、つい……っしゅぐ、りゅ……っ好き、傑、」
 傑から返事はない。好きとは言ってくれないことを、心の何処かでは分かっていたように思う。でも好きと返って来ないことがショックだった。嘘でもいいから好きと言って欲しかった。
 己の性器は相変わらず壊れたみたいに精液を零していて、このままイきっぱなしになるんじゃないかと少し恐い。でもそうなったら傑にセックスして貰うからいいか、だって一緒に行くし、と頭のネジがぶっ飛んだようなことを考えながら、眠くなってきてゆっくり目を閉じた。


 窓の外は薄暗い。太陽は沈んだが、まだ完全な暗闇ではない。夏は暗くなるのが遅い。もうしばらくは夜のような夕方のような中途半端な暗さが続くだろう。
 だから夏は嫌いだ。全部中途半端で、夏、と聞いただけで思い出す奴がいるし、夏が地雷だ。
 ダブルベッドの片隅で、仰向けに寝そべっていた悟はゆっくりと目を開けた。ホテルのカビっぽい天井が目に入って、途端に萎える。やっぱり目は閉じておこう、とカビと埃に汚染されていそうな天井を視界からシャットアウトする。どうせ動く気力もない。しばらくじっと横たわっておこうと思った。
 つーか、この部屋ヤバいんじゃないのか、と今更ながら思う。アスベストとか使われてんじゃねーのかよ。
 傑は、既にこの部屋にいない。少し前に身支度を整えて出て行った。悟には何も言わず。実は起きていたが寝ているふりをして、傑が音を立てずに部屋を動き回るのを瞼の裏側の六眼で追っていた。だから分かる。傑は出て行った、文字通り。ここに戻って来るつもりはない。悟を残して行ってしまった。
 寝ているのを起こすのは悪いと思った訳ではないだろう。最初から置いて行くつもりだったのだ。連れて行く気なんてさらさらなかった癖に、一緒に来るかと何度も訊いた。悟の気持ちを確かめる為に。
 フェアじゃねえだろ、と思いながら目を開けた。また気が滅入るような天井が視界に入って溜息を吐きたくなる。
 こっちはオマエの気持ちがさっぱり分からねえ、と内心吐き捨てて、むくりと身を起こした。
 一つだけ分かっているのは、どうやら酷い振られ方をして失恋したらしい、ということだ。傑相手に。
「はは。……だっせえ」
 鼻で嗤って呟いた声は部屋の薄闇に呑まれて消えた。
 虚脱感に襲われて、悟はまたベッドにどさりと倒れ込んだ。

(終)