オカズは親友

 机の上に、DVDのパッケージが三つ。そのどれもに裸、もしくは殆ど裸同然の姿の女が写っている。タイトルや紹介文章はどれもこれでもかとばかりに卑猥で下品だ。恐らく見る層の劣情を煽る為だけに考えられた文面なのだろう。
 悟は三つのDVDを見比べて、最終的に右端に置いたものを手に取った。最初にこれを見ようと思った。傑が灰原に感想を言っていたやつだし。それに、残りの二つは思い切り男と女が激しくまぐわっている動画だと分かるタイトルと紹介文に、パッケージを裏返せば実際に男と女が激しくまぐわっているところの写真が載っていたから。多分DVDの中身の映像の一部だろう。
 一方、悟が手に取ったのは女優の写真しか出ていない。色々な女優が、素人だとか学生だとかOLだとか人妻だとかが、夜な夜な、もしくは日中誰もいない家で、もしくは人がいつ来てもおかしくない駅のトイレだとかで、自慰をしている動画を集めたものだ。残り二つは、色々ショッキングな映像が出て来るかも知れないと身構えて、見る勇気が沸かない。
 ……セックスしてる動画なんて見たら、男優の顔が傑に見えてしまうかも知れない。それはそれで、オカズになる、かも知れない。でも嫌だ。傑が他の女とセックスしてる動画なんて、嫌だ。実際には違うのだが、そう見えるのが嫌だ。心臓が抉られて、立ち直れなくなる。
 頭の中に勝手に沸き上がって来る雑念と妄念を振り払い、よし、見るぞ、と意を決して、これを見る為だけに買ったポータブルDVDプレーヤーにDVDをセットした。テレビ画面で再生出来るプレーヤーは傑の部屋にずっと置いているが、見たいDVDがあるから借りたいと傑に言えなかった。何見るのって言われたら困るし。一緒に見たいって言われたらもっと困るし。
 ……一緒に見たら、エロい動画見て興奮してる傑を見れるのかも知れない。それは、見たいかも知れない。でも男と女が激しくまぐわってるのをオカズにしてる傑は、見たくないかも知れない。見たいのか、見たくないのか自分でも分からない。
 こんなDVD、きっと灰原がいなかったら一生見ることもなかっただろうし、一生存在も知らなかったかも知れない。知らないままでよかった。見ようと思わなかった。見てみようと思ったのは灰原の、あの一言の所為だ。

「五条さんって、AVとか見たりするんですか?」
 珍しく灰原と任務が一緒になった帰りの車の中で、唐突に灰原が訊いた。傑に下らないメールを送りつけてやろうと携帯でメールの画面を開いていた悟は目を上げた。隣に座る灰原は臆することなく好奇心の塊のような目で悟を見ている。
 灰原は素直だ。面倒見のいい傑に懐いて、夏油さん夏油さんと傑に話し掛けまくっている。傑も素直な後輩が可愛いのか、全然嫌そうじゃない。気に食わない。傑は俺のなのに、と思う。でも灰原のは別に悟から傑を取り上げようなんて思惑があっての行動なんかじゃなく、灰原への敵意を感知することもなく悟に対しても屈託無く話し掛けて来る。多分、天然だ。やりづらい。反対に、灰原と同学年の七海は誰に対しても素っ気ないのに。真逆のタイプだ。
「……えーぶい?」
 って何?
 と、こてんと首を傾げて見せれば、灰原は笑みを浮かべたまま固まった。運転していた補助監督の若い男が呆れたように小さく笑った。
「あー、この子お坊ちゃんだからさあ、そういうの疎いと思うよ」
「何。オマエも知ってんの?」
「僕らくらいの年齢になったらみんな見てますって! こういう、エロい動画で……DVDもいっぱい出てますけど、ネットでも会員登録したら見れるサイトとかもあって……」
 頼んでもいないのに、灰原はずいと悟の方へ身を乗り出して自分の携帯の画面を見せた。画面一杯に、胸の大きな女が裸で艶やかに微笑んでいる写真が写っている。灰原が画面を下にスクロールすると、細かな内容紹介なのか、映像の一部と過激な文面がずらずらと出て来た。悟は顔をしかめて目を逸らした。本能的に、見たくないと思った。
「あれ? 興味ないですか?」
 夏油さんは僕のおすすめ全部見てくれたのに。
 灰原が何気なく放った一言に、悟は目を見開いた。
 傑も、見たのか。エロい女の動画見て、興奮、とかするのか。そういう時、傑はどんな顔するんだろう。どんな声出すんだろう。女の裸見て興奮してる傑なんて想像したくない筈なのに、エロ動画オカズにして扱いてる時の傑のことは、やたら気になった。気になり始めると、考えるのが止まらなくなった。任務から帰る車の中なのに、下腹にじんと熱が篭もる。
「傑に教えたやつ、俺にも全部教えて」
 補助監督と最近のAV女優で誰が好きかという話をし始めた灰原の腕を、悟は掴んでそう頼んだ。

 後日、灰原は本当に悟におすすめと言って卑猥なタイトルのDVDを三つ持って来た。これ全部傑にも貸したのと訊くと、元気よく「はい!」という返事が返って来た。素人の女の子が恥ずかしそうにしながらも自分で弄って気持ちよくなっちゃうのは可愛いよねと、傑が感想を言っていたらしい。
 そんな話を、自分の知らないところで灰原としているのが気に食わない。同時に、素人感があるのが傑の好みなのかと思った。
 感想言ってたのはこれなんだよなと、パッケージを眺めてみる。自分の指とか玩具とか使って、自分で気持ちよくなってるのを集めた動画。こういうのが傑はいいのか。……俺の方がどの女優よりも可愛いと思うけど。
「悟、まだお風呂入らないの?」
 拗ねたような気分でDVDを再生しようとしたその時、がちゃ、とドアが開いて、ひょいと傑が顔を出した。ビクッと悟の肩が跳ねて、手に持っていたパッケージを取り落としそうになる。
「どぅわうぉッ!?」
 何処からそんな声出してんだよって感じの悲鳴を上げ、悟は大慌てで机の上に並んだ三つの卑猥なDVDのパッケージを机の抽斗に乱暴に突っ込んだ。もはや借り物だから丁重に扱うという気もゼロだ。
 ドッドッドッドッ……と心臓が煩く音を立て、額に汗が浮いた。見られたかも、と思うと落ち着かない。恐る恐る傑を振り返ると、傑はきょとんとしている。
「どうしたの。……何見てたの? 私も、」
「の、ノックしろよ馬鹿」
「ええ? 君がそれ言うの」
 呆れたように笑いながら傑が部屋に入ろうとするので、悟はガタッと大きな音をさせて椅子から立ち上がると傑の身体をぐいとドアの外側へ押し返した。何見ようとしてたのか、傑に知られたくない。エロいDVDに興味があるなんて傑に思われたくない。それどころか見るのが趣味で前からずっと見てたとか、そんな風に思われたくない。どんなシチュエーションが好みとか、どんな女優がタイプとか、灰原みたいに傑とそういう話をしたいんじゃない。嫌だ。そんな話聞きたくない。
「は、入って来んな」
「な、何で?」
「いいから。俺疲れたから風呂は明日の朝入る。もう寝る」
「疲れてるの? 大丈夫?」
 疲れてすぐ寝るだなんて、全く悟らしくないことを口にした悟に傑は驚いたようだった。いつもはいくら任務がハードで帰宅が遅くなっても、翌朝の出発が早くても、傑とゲームすると言って聞かないのに。今日はもう遅いから寝ようとか、明日早いから早めに寝ようとか、悟を説得するのに傑がいつも手間取っているのに。ゲームもしないどころか風呂に入るのも億劫なくらい疲れているなんて、今までなかったことだ。
「も、いいから」
 熱でもあると思ったのか、額に手を伸ばそうとするので悟は慌ててその手を振り払った。急に傑が部屋に来た所為で変にドキドキして、DVDを見られてませんようにとびくびくして、今傑に触れられると熱なんてないのに一気に体温が上昇してしまいそうだった。こんな状態で、いつもみたいに一緒に風呂になんて入れる筈がない。
 強引に傑の身体を廊下へ押しやって、ドアを閉める。もう入って来れないように、いつもは絶対に掛けない鍵を掛ける。まるで飼い主に閉め出された哀れな飼い犬みたいに、外から傑が「さとる、」って哀れっぽい声を出すが、聞こえないふりをする。
 ドアの向こうで傑が何回かさとるって呼んで、大丈夫? と訊くのを全部無視する。ドア越しのくぐもった声が名前を呼ぶ度、もっと近い場所、耳のすぐ傍とかで名前を呼ばれたいと思ってしまう。傑はやがて諦めたのか、小さく息を吐くと自分の部屋へ戻って行った。
 急にわがままを言い出すし理由も説明しないのはいつものことなので、またかと呆れているのかも知れない。ずき、と胸が痛んだ。



 一時間後、悟は誰もいない寮の浴室にいた。しんと静かで、自分の心臓の鼓動さえ聞こえそうだ。
 傑はさっき部屋の前の廊下通って風呂に入って行ったのを確認したし、戻って来たのも確認済みだし、ちょっと前にお休みとメールが来ていたのを見た。灰原と七海は、今日は泊まりの任務だ。ということは、今が絶好の機会だ。――灰原に借りたDVDでさっき見た方法でのオナニーを試す、絶好の。
 エロ動画なんて見ても別に興奮しない。まあ、それはそうだろう。悟が興味があるのは画面に代わる代わる映るAV女優ではなく、傑だ。傑だけだ。それも、傑に抱かれる方に興味がある。だから世の多くの、『可愛い女を抱きたい』という男達の願望が詰め込まれた、男目線でのAVなど、興奮する訳がないのだ。
 映像に興奮はしなかったが、これを見て傑はオナニーしたのかなと考えるのは、下腹がぞくぞくした。頭の中が痺れた。AVに興奮するというよりも、『AV見て抜いてる傑を想像して興奮』した。明らかに、このDVDが制作された意図とはずれた使い方をしている。
 さっき見た動画の中で一つだけ、試してみたいオナニーがあった。浴室で、シャワーの湯を陰部に当てての自慰の動画だ。試したくなった。だから今浴室にいる。
 そっと、自身の萎えた性器に手を伸ばす。力なくだらりと垂れているものを掴んで、やわやわと扱く。ぴくん♡と小さく肩が跳ねた。単純で単調な動きでも、お年頃の身体は簡単に反応を示す。傑にされていると想像すると、余計にあっけなく陥落する。あっさりと足を踏み外して奈落の底へと一気に落ちるように。
 ――いつだって、悪いことと気持ちいいことを覚えるのは、早い。
「ッあ♡あ……ッ♡♡」
 さっきよりも強めに扱く。従順な身体はびくびく跳ねて悦んで、白い性器の先から薄ピンク色の亀頭が露出する。カウパーが滲み出て、表面に幕を張る。涎のようにつうと垂れた透明な汁を指で掬い取り、性器に絡めるようにしてぐしゅぐしゅと上下に擦った。悦楽が背筋を駆ける。ぞくぞくと肌が粟立つ。
「あ゛ッ♡♡あ、すぐる♡あ゛ッんん゛っ♡」
 水音が、やけに大きく響く。己の恥ずかしい声も、風呂場にいる所為でいつもよりも響く。普段、絶対に誰にも聞かせられないような上擦った甘い声ですぐると呼ぶ。こんな声で呼ばれても、傑にはきっと迷惑だ。傑は『恥ずかしそうにしながらも自分で弄って気持ちよくなっちゃう素人の女の子』が好きなんだから。でも傑に聞かせる予定がないんだから、好きなだけ傑を呼んでもいいし好きなだけ傑にやらしいことをされる妄想で抜いても構わないだろう。妄想するくらい、傑をオカズに使うくらい、バレないのなら許されたい。
「はあ♡あ゛……♡すぐる、すき……♡♡」
 寮の共用スペースでいけないことをしている背徳感が、危険なドラッグみたいに快感を余計に増幅させる。両足がびくびく震えて、力が抜けて座り込んでしまいそうになる。自慰を続けて全部出してしまいたい衝動に駆られるが、それを我慢して震える手を性器から離した。屹立が、触れて欲しそうに切なげに震えてこぷりと蜜を零す。焦らしプレイで自分で自分を追い込んでいるような行為にも、酷く興奮した。変態かも知れない。
 はぁはぁと息を乱しながら、シャワーヘッドを手に取る。蛇口を捻ると、ざああ、と勢いよく水が流れ出した。少し待つと、程よい温度の湯が出てくる。――これ、ちんこに当てたらどんな感じなんだろう。
 動画では気持ちよさそうに喘いでいた。しかしああいうのは、演技の可能性もある。大半が演技かも知れない。演技かも知れないが、試してみたいと思うくらいには、気持ちよさそうに見えた。好奇心に勝てずに寮の風呂で自慰をするなどという大胆な行動に走ったのに、一瞬躊躇してしまいそうになった。未知のものは、最初はいつだって少し恐い。恐い物知らず、大胆不敵、最強、などと言われるが、それは呪霊のことを知り尽くしており今更恐怖などないからであって、性知識も経験も皆無な悟には、新しいことを試すのは少し抵抗がある。
 ……今更やめて部屋に戻ったら、きっと後悔する。やっぱり試そう。
 どのみち半端に勃ったままのちんこを放置するなんて我慢出来ないし、と悟は今度は躊躇いなくシャワーを下から勃ったままの性器に近付けた。ざああ、と一定の勢いを保ったまま出ている湯が、竿を打つ。手で扱くのとは全然別の感覚だ。むずむずするような、焦れったいような、切ないような。自然と眉根が寄って、はあ、と熱っぽい息が口から漏れた。
「う、あ、あ……っ♡」
 もっと強い刺激を欲して、水圧を少しだけ強めながら亀頭に湯をぶつけた。敏感な場所への刺激に、がくんと身が仰け反る。
「ッあ♡あ゛♡♡だめ、ッあ゛ぁ……っ!♡♡♡」
 経験したことのない未知の感覚だったが、明らかな快感の巨大な渦が腰を直撃した。敏感で刺激に不慣れな場所への容赦ない責めに腰ががくがく痙攣し、どぷどぷと先走り汁が溢れ出て湯に混じって垂れ落ちる。あまりの快感に目眩がして、シャワーを掴んでいる手がぶるぶる震えた。
「これ、やばいい……ッ♡♡あッ♡あ♡だめ、すぐるう、」
 親友を呼ぶいやらしい声が木霊する。ビクッ♡ビクッ♡と淫猥に腰が揺れる。気持ちいいと覚えた身体が、じんじん熱い。
 座り込んでしまいそうになりながら、思わずシャワーを止めようと蛇口に手を伸ばす。と、背後からその手を掴まれて、ついで下腹の辺りに腕を回され、ぎゅう、と抱き竦められた。息が出来なくなる。心臓が止まりそうになる。ひゅ、と口から悲鳴になり損なったような変な息が漏れた。
「ッだ、誰、」
 正体不明の相手に背後から抱きつかれている恐怖でパニックになって、振り返る。傑がいた。こちらは真っ裸で性器を勃起させているという間抜けな格好なのに服をきっちり着込んだ傑が、じっと悟を見つめている。至近距離で目が合って、別の意味でパニックになって心臓が激しく暴れ回った。
「っあ、なんで、」
 いつから見ていたのか。もしや、最初からか。顔が真っ赤に染まった。
 何も考えられないままとにかくシャワーを性器から引き離そうとするのに、傑が今度はシャワーを掴んでいる方の悟の手首を押さえて湯を亀頭に押し付けた。水流が容赦なく亀頭を嬲るのが、堪らなく気持ちいい。しかもそれを傑にされているというのが、快楽を後押しする。『気持ちいい』しか考えられなくなる。
「ッあ゛♡♡あ゛ー……ッ♡すぐる、すぐるやだ♡だめ♡ひい゛ッ!?♡♡♡」
「だめなの? 私のこと呼んでたのに」
「呼、んで、ないい゛……っ♡あ♡あ゛♡やだ離して、」
 分かってはいたけど聞かれていて、羞恥が増す。恥ずかしいから呼んでいたのを認めたくなくて、無駄な抵抗と分かっていながら嘘をつくしかない。
「呼んでただろ。悟って私のこと好きだったの?」
「ちが、うう♡♡♡やだ、も、もうやめ、ッんあ゛♡あ゛ッ♡あ゛っ♡♡♡」
「好きでもない相手の名前、オナニーしながら呼ばないだろ」
 こんな時に理屈っぽい正論で冷静に追い込むの、やめて欲しい。
 恥ずかし過ぎて死にそうで消えてしまいたいしシャワーで気持ちよくなっているのも見られたくなくてぷるぷると首を横に振って否定するが、傑は離してくれないどころか悟の竿を掴んで水流に亀頭を押し付けた。身悶えするくらい気持ちいい。とろとろとカウパーが流れ出るのが止まらない。それどころかイきそうで、精液まで出てしまいそうな感覚に悟は更に激しく頭を振った。
「や゛♡だめぇ゛♡すぐる♡♡♡も、もうイきそ、っひう♡♡」
「イきそう? 全然擦ってないのにシャワーだけで? 可愛いね。虐めたくなる」
 くす、と耳元で傑が笑う。ぞくぞくした。虐められる趣味なんてなかった筈なのに、傑にいいようにされて弄ばれると嬉しい。玩具にされてるみたいで、身体の奥で熱がぐるぐると渦を巻く。可愛いと、多分色んな女に言っているであろうことを言われて気まぐれに愛撫されると、哀しいのに嬉しい。複雑な感情がごちゃごちゃ混ざり合って、自分でもわけが分からない。
「すぐ、る……♡や、やだ、い、イくのやら♡♡」
「イきそうなんだろ? イッていいよ」
「や、だ……っ♡」
 イきたい、けど、傑の前でイきたくない。イくのを傑に見られたくない。……でも見られたら、また可愛いって言ってくれるだろうか。虐めたくなる、の言葉通り、虐めてくれるのだろうか。思考が先走って、傑の甘言を期待するかのようにぶるりと身が震えた。射精の快感を追い求めるように、無意識に腰を前に突き出す。熱を開放することだけが、頭の中を埋め尽くした。
「さとる、イッて」
 耳元で、傑が囁く。低く掠れた酷く色気のある声が、鼓膜を犯す。まるで声に操られるかのように、熱の塊が競り上がって来る。抗えない。欲にも、傑にも。
「だ、めって……♡♡も、イく♡♡♡いく♡イッちゃう……ッ♡♡♡♡」
 びゅ♡びゅ♡♡びゅくくく♡♡♡
 ビクッ♡ビクッ♡ビクッ♡ビクッ……♡♡
 白い粘り気のある精液が弧を描いて飛んだ。びゅるびゅる飛んで、びしゃびしゃと鏡に飛び散った。曇った鏡にべとりと付着した白濁が、たらりと垂れる。
「ッあ♡あ゛……ッ♡♡うあ♡すぐる……♡」
 なかなか射精が終わらない。傑にそれを見られているのが、強烈に恥ずかしいと同時に強烈に気持ちいい。頭の中も目の前も真っ白に染まる。快感が腹の奥でぐるぐる渦巻いて、腰砕けになってしまいそうだった。思わずぐたりと傑の方に背を預けて、そのままずるずる座り込んでしまいそうになる。が、傑に腕をがしりと腰に回されて、立っているのを強制されてしまった。座るのは、どうやら許されないらしい。
 何でだよ、っていうか、そもそも何で傑にこんなことされてんだよ、とぼんやり思うが、傑に「持ってて」と言われながらまだ湯が出続けているシャワーのヘッドの部分を手渡されて、「へ……?」なんて間抜けな声を上げながら、反射的に受け取ってしまった。
 いつの間にか、シャワーは傑が持っていて、主導権も傑に握られていた。それをどういうつもりなのか悟に手渡して、まだ射精の余韻でびくついている悟の肩を不意に掴むと、傑が少し乱暴に悟の身体を反転させた。
服も着て髪もいつも通りの親友と、自分だけ素っ裸で向き合っている。背後から覆い被さられていたさっきまでよりも、その対比が恥ずかしい。恥ずかしいから、目を逸らした。
「……っ何すんだ、――っあ゛……ッ!?♡」
 浴室の壁に背を押し付けられて、壁の冷たさに身が竦む。その隙に、傑の太股が両足の間に差し込まれ、スウェットを履いたままの太股にぐりゅ♡と股間を押されて上擦った声が出た。
「や♡あ゛ッ♡♡う♡すぐりゅ、も、イッてる、から、やめ゛、ッ♡」
 シャワーをまた傑の手に奪われる。されるがまま大人しく手渡してしまうと、傑がシャワーを今度は上から亀頭に押し付けた。ぐずぐずに蕩けてしまうような快感が、イッたばかりの感度の鋭くなった場所を襲う。目の奥がちかちかした。
「ッあ♡あ゛ー……ッ♡♡♡ま、ッてぇ゛♡だ、だめ♡んひ♡あ゛ッ♡あっんッ♡♡♡」
 ぴゅく♡と精液の残滓が少量飛ぶ。射精してもまだ毒のような餌を与えられ続けて、中途半端に硬いままの場所が、とろとろとカウパーを零し始める。
「そ、それぇ、もうらめ♡♡やだあ゛……ッ!♡」
 ビクッ♡ビクッ♡と身を跳ねさせながら思わず傑の肩にぎゅうっとしがみついて、あまりにも強い快感に白い喉を仰け反らせて喘いだ。無防備に晒された喉元に、傑の指がつつと這う。ぞくぞくした。くすくす笑いながら、傑が悟の顔を覗き込む。
「だめ? 気持ちよさそうな顔してるけど」
「よく、ないって、ひ♡んッ♡やら♡♡あひ♡♡」
「意地っ張り」
 傑が蛇口を捻って、微妙に水圧を強くする。イッて耐え難いような射精欲から解放されるどころか、行き場のない快感がずっと身体の中でループする。延々同じ場所をぐるぐると回り続ける。逃げ場がなくて、熱が蓄積されていく一方で、辛い、のに、気持ちいいのがずっと続くとずっとイッてるような感覚がして、頭がふわふわする。びくびくと震えて、腰を前に突き出すのがまるでもっととねだっているようだ。違うのに。
「はあ♡あ゛ッ♡すぐる♡も、離し、てよぉ……ッ!♡」
 喉に触れていた傑の手の指先が、シャワーで虐められ続けている敏感な亀頭を撫でる。すりすりと撫でられて、力が抜ける。二本の指で左右にぐ、と押し開かれて、露わになった小さな鈴口に、容赦なく湯が注がれる。目眩がした。イきそう、というか、別の何かが出そうで、ぶわ、と鳥肌が立つ。
「あ、あ♡す、ぐる待って、ねえ、」
「ん? またイく?」
「ち、がう……! も、……漏れ、そう……だから、離、ッひい゛ッ♡」
「へえ? 漏れそうなの?」
 傑の口元が笑みの形に歪んでいる。悪趣味だと思った。親友がこんなに趣味も意地も悪い奴だったなんて、知らなかった。
 湯と先走り汁でぬるぬるの亀頭を、傑の指が何度も這う。ぬちゅ♡くちゅ♡と掻き混ぜられて、色が濃くなったなった場所を撫で擦られ、暴かれた尿道口をくりくりと抉られ、そこを虐められる快感を覚えてしまったかのように、ひく……♡と小さな穴が収縮する。はっきりとした尿意が、どんどん競り上がって来る。ヤバい。こんなの、ヤバい。漏らしてるの、傑に見られたりなんかしたら、……
 妄想が先走って、それは絶対嫌な筈なのに、何故かきゅん♡と切なげに下腹が疼いた。甘い官能に悦ぶように。その思考を振り払おうと懸命に頭をぷるぷる振って拒否するのに、傑が身を寄せて、壁と傑の身体に挟まれて逃げ場がない。もとより、逃げるつもりなんてないのかも知れない。傑にいいように弄ばれるのが気持ちいいと、快楽に従順な身体が早くも覚えている。
「漏らしても、ここお風呂だから平気だよ」
「そ、ういう意味じゃな、」
「漏らしてるとこ、見せてよ」
「や、だ……♡あ♡う、あ、」
「さとる」
 耳に吹き込まれる声と息が、まるで甘い毒みたいだった。傑の声にも尿意にも抗える筈がなくて、ぐりゅ♡と鈴口に指をめり込まされて、今までの抵抗なんて全て無駄だったように、あっけなく堕ちた。
「だ、め……♡で、出ちゃ、う……っ♡」
 しょろ、と少しだけ、傑の指の隙間から生温いものが零れる。意地悪く微笑んだ傑が指をどかして、シャワーまで止めてしまう。その所為で、堰き止めるものがなくなった場所からしょろしょろと尿が出るのが、はっきり視界に映る。性器の先から零れて、床を打って、微かにアンモニア臭を漂わせる。傑の視線を痛い程感じた。
「はあ♡あ、あ……ッ♡♡」
 羞恥で死にそうなのに、解放感にぞわぞわした。快感まで、確かに芽生えているのが分かった。見られながら漏らすのが気持ちいいだなんて、変態だ。
 プライドがずたずたで両目からぼろぼろ涙が零れた。今度こそ立っていられなくて、ずるずると壁伝いに座り込んだ。尻がぺたりと風呂場の床に着く。
 二重にプライドが傷付いた。漏らすのを見られたのも、傑の前で泣くのを見られるのも最悪だ。いやそれを言うなら、傑を呼びながら自慰をしてたのも、……傑に告白したいとか、付き合いたいとか、思ってなかった。ずっと親友のまま傑の隣にいたかったのに。
「ごめんね。泣かせちゃった」
 座り込んだ悟の前に傑がしゃがむ。視線を合わそうとするから、咄嗟に目を逸らした。のに、顎を掴まれて無理矢理顔の位置を固定させられてしまった。
「……部屋で続きする?」
「うん……♡」
 しゃがんだ傑に訊かれて、さっきまで告白するつもりなかっただとか親友のままがいいだとかぐだぐだ考えていた癖に、とろんと頷いてしまった。
 続き、したい。傑と気持ちいいこと、したい。そっと傑の股間に目をやると、湯やら悟の尿やらで濡れたスウェット越しに、芯を持ったものが布地を窮屈そうに押し上げていた。傑が自分で興奮しているのを知って、嬉しくなる。また、下腹の辺りがじわりと熱くなる。
「私と付き合う?」
 涙で濡れた頬に傑がそっと手を滑らせる。妙に甘ったるい雰囲気になっていることに気付いた。うんと答えたら、キスしてくれそうなくらい、傑と顔が近い。でも、悟は目を伏せた。顔ごと背けたいのに、顎を掴まれている所為でそれは叶わない。
「……やだ」
 傑が苦笑する気配があった。
「続きはしたいけど付き合うのは嫌? ……悟って、付き合ってない相手とこんなやらしいことするの?」
「そ、れはオマエも、だろ」
「え?」
「俺のことなんか、好きじゃねえんだろ……。っえ、えーぶい、に出てるような女が好きな癖に、」
 じっと、ジト目になって傑を睨んだ。またいつもの正論を装った極論で、批難するような口調でこちらに罪悪感を植え付けて、言いくるめようとしても無駄だと牽制する。傑は驚いたようにきょとんとして、少し考えてから「灰原?」と訊いた。当たっている。
「『AVに出てるような女が好き』なんて灰原に言った覚えはないんだけど……。それより、上がって服着たら。風邪引くよ」
 悟の濡れた髪を撫でて、傑が立ち上がった。続きするのも付き合うのも、これでお流れになってしまうのだろうか。続きしたいし付き合いたい。でも、傑の真意が分からないのが嫌だ。でも、このままこの話がなかったことになるのも嫌だ。でも、
「……悟?」
 俯いたまま、くいと傑の服の裾を掴んで引き留めた。服は濡れていた。今や二人ともびしょびしょだ。傑の方こそそのままでは風邪を引くだろうと思う。
「続き……してから、付き合うか考える、でもいい……?」
 恐る恐る目を上げれば、傑と目が合った。一瞬だけ驚いたみたいに目を見開いていたが、不意に微笑む。こちらは余裕なんて一ミリもなくて真っ赤なのに、傑の目元はいつも涼しげだ。
「付き合いたいと思って貰えるように頑張るよ」
 ちゅ、と額にキスされた。元々熱かった顔が、ボッ! と火がついたようになって、燃えているんじゃないかと思うくらい熱い。
 ていうか、続き、って何だよ。ナニするんだよ。AVみたいなことかよ。AVちゃんと見たことないから、具体的なことが分からない。と今更ながら混乱するが、と言って今更やっぱりやめるとも言えなくて、動かない悟に部屋に戻って待ってるよと傑が言って風呂から出て行くのを黙って見送るしかない。
 自分しかいなくなった浴室は静かな筈なのに、心臓の音だけが、煩い。

(終)