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 講義が始まる前の講義室の中は、学生達の話し声や時折混じる笑い声なんかでざわざわと騒々しい。席の埋まり具合は半分程か。定員三人のこの席も、右端に悟が一人で座っているだけだ。もっとも、余程席が埋まっている状況でもなければ悟と同じ長机を共有したいと思う学生などいないだろうが。悟は大学内の異端児だから。
 一番後ろの窓際の席に陣取った悟は、長い溜息を吐きながらだらっと椅子の背もたれに体重を預けた。足が長い所為で、前の席の椅子の下にまで足が侵入してしまっている。幸い前は空席だ。
 くあ、と大きく口を開けて欠伸する。昨日はよく眠れなかった所為で、怠くてボーッとする。やっぱり講義なんかサボればよかったと、流石は親に学費も生活費も全額出して貰って何不自由ない生活を送っているボンボンだなと言われそうな不真面目なことをしれっと考える。親に仕送りを止められて危うくジリ貧になりかけたが。
 何で室内なのにグラサンなんだよ、とは同じ空間にいる誰もツッコまない。もはや当たり前の光景になっているし、悟が入学当初よりずっと愛想もクソもない態度を貫いている所為で、未だに周りは悟に対して腫れ物に触るような扱いなのだ。つまり悟には友達がいない。いや、一人だけいたが――それも友達どころか親友と認識している大事な存在が――
 いいやもう、考えたくない。
 思考を放棄して、悟はサングラスを外すと机の上にぽいと置いて、机に突っ伏した。『講義中に寝ているやる気のない大学生』の図だ。講義が始まってもこのまま起きないでおこうと思った。
「寝不足?」
 くすっと小さく笑う声と共に、誰かが隣の席に身を滑らせる気配があった。いや、誰か、ではなく、誰なのかは声を聞いただけで分かる。いつだって、隣に座る奴なんて一人しかいない。そいつは寝不足になった元凶だ。誰なのか分かるから、突っ伏したままの身体が思わずびくりと跳ねた。
「あれ、無視? 起きてるんだろ。おーいさとる」
 白い髪に軽く指を絡ませられただけで、ぞくっと身体の芯に火が灯るようだった。その危険な兆候を察知して、慌てて内面に灯った火を消すようにがばりと身を起こした。
「あ、やっぱり起きてる」
 頬杖をついた傑が面白そうに小さく笑った。髪は後ろで纏められ、団子になっている。玩具屋(意味深)の社長の髪型ではなく、学生の髪型。パーカーも、白いシャツも、黒いブーツも、どれも悟が買うような高級品ではないのだろうに、傑が着ていると様になっている。そんなこと今までは考えもしたことがないのに、傑の顔が好きかもだとか声が好きかもだとか限られた金額で洒落た服を揃えるセンスが好きだとか、やたら意識してしまう。傑が隣に座ってこちらの顔を覗き込んでいるというだけで、顔が火照る。
「……何、の用だよ」
「酷いなあ。用がないと話し掛けられないの?」
「……」
 傑はいかにも悲しそうに眉尻を下げて、こちらの同情を誘う。このやり取り、前もしたよな、とふと思い出す。そうだ、傑はそういう奴だ。人の心を揺すり、懐に入るのが上手い。誑しだ。それが傑。
 前も今も、傑は普通だ。いつも通り。昨日、あの事務所で何でキスしたんだよ、と悶々と考えて、こっちはその所為で睡眠時間がガンガン削られたのに、何でそんな普通なんだよ。と怒りの目を向けてしまう。でも、翌日も普段通りに悟に声を掛けるということは、傑にとっては些細なことなのかも知れない。そう、傑はモテるから。きっとキスすることに大した意味などないのだ。胸が痛んで、気分が塞ぐ。ふいと傑から目を逸らした。
「バイトならやんねーからな」
「うーん、ちょっと残念だけど悟の気が向かないならそれは日を改めるよ。その代わり後でデートしてよ」
「っデ!?」
 もうバイトはやめる、という言葉は、デートというパワーワードの所為で消し飛んでしまう。悟と遊ぶことを、傑はデートだと認識しているのだろうか。でもデートって恋人とするものじゃないのか。悟に対して恋人という認識を持っているのだろうか。いやでも、好きとも付き合ってとも言われていない。だけど最近はいきなり身体からってこともあるんだろ、よく知らねえけど、コンビニで立ち読みした漫画もそういう展開だったし、と、思考がどんどん暴走する。
 傑がここに行こうよと差し出したのは、ケーキショップのケーキバイキングの券だった。ショートケーキにモンブラン、抹茶タルト、チョコケーキ。甘そうなケーキの写真がカラフルな文字と共に紙面に印刷されている。とても行きたい。
 行く、と目をきらきらさせて言いそうになって、口を噤んだ。安易に誘いに乗らないようにするには、理性を総動員させる必要があった。冷静に考えなければならない。浮かれて頭お花畑になっている場合ではないのだ。
 本当は分かっている。傑は悟を恋人だなんて思っていないし、恋愛対象ですらないだろう。恋愛対象でもない相手にキスをした傑も、そのキスで動揺している自分に対しても、不意に腹が立った。
「行かない。つーか、もうバイトも辞めるから」
「え?」
 流石に驚いたように傑が目を瞠った。どうして、と、唇が動くが、彼の声はチャイムの音に掻き消された。教授が講義室に入って来て、談笑していた学生達も各々席に座る。悟は講義にはさして興味もない不真面目な大学生だったが、傑ともう話す気はなかったので教授の方に身体を向けた。これ以上関わるなという拒絶の意思表示。
 親友を失った瞬間、悟は虚無感に襲われていた。自分から彼を遠ざけた癖に。身勝手な喪失感が、黒い有毒なガスのようにぶわりと噴き出て胸を満たす。


 講義が終わると傑の方を見ずにさっさと講義室を飛び出した。「悟!」と呼ぶ声にも振り返らない。長い足で大股にずんずんと歩く。さも自分が世界の中心であるかのように、学生とぶつかりそうになっても相手に避けさせる。傲慢な振る舞いが益々顰蹙を買うだけだと分かっていても止められない。そんなことどうでもいいくらい、無性に苛立っていた。
 一瞬、傑が追い掛けて来て腕を掴んで引き留めてくれるんじゃないかと期待した。そんなことにはならなかったし、そんなことを期待した自分に更にムカついた。
 自己中心的に一方的に傑との関わりを絶っておいて、涙が出そうになる。くそ、と吐き捨てて廊下を駆けた。
 何だよこれ。くさい青春映画かよ。と自分にツッコミを入れてしまった。


 傑から無料通話アプリにメッセージが入っても無視したし、電話も無視したし、バイト先の事務所にも行かなかった。講義も、傑と同じものは全部サボった。単位落とすかも、と何処か他人事のように思った。危機感とか実感とかがない。まるで他人の人生を生きているみたいだ。
 空虚な時間が過ぎた。傑がいないと、恐ろしく暇だった。今までも、傑が起業して忙しくしていたのであまり構って貰えなかったが、それでもたまに遊んだり講義で隣の席に座って喋ったりするのが、楽しかった。それがもうない。それに――バイトを辞めた所為なのか、今までのバイトのことを思い出す頻度が増えて、思い出すと身体の奥がじくじく疼いて、部屋で自慰をしては虚しさを募らせた。
 傑に触れて欲しい。さとる、と名前を呼んで欲しい。傑に……傑の猛ったものを、玩具で散々開発された後ろにねじ込まれたら、中を掻き回されたら、と想像すると、ぞくぞくした。
「……」
 何考えてんだよ、大学で。
 溜息を吐いて、がしがしと頭を掻いた。机の上のレポート用紙の上に白髪が数本落ちた。用紙は真っ白で、さっきから課題のレポートは全く進んでいない。提出期限が迫っているのにヤバい。
 学生で溢れ返ったキャンバスやホールや講義室と違い、ここは静かで人の気配すらない。別世界だ。ここにいるのは悟だけだから。でもここも一応大学の中だ。
 資料室、と書かれた手書きの張り紙がドアにセロテープで貼り付けてあるだけの、狭くて埃っぽい部屋。所狭しと本棚が並び、これまたぎちぎちに古い本や資料が詰め込まれている。古過ぎて紙が茶色く変色した本もあって、あまり触りたくはない。
 厳密には、ここは『旧』資料室だ。今は使われておらず、古くて使い物にならない資料が詰め込まれているだけの、所謂倉庫。新しい文献や資料は、学内にあるもっと新しくて広い資料室に揃っている。そっちは無線LANもパソコンも完備だ。にも関わらず、悟はここを利用する。利用していいのかは分からないが、鍵は掛かっていないし誰もいなくて静かだし、使用禁止とも聞いていない。だからここに勝手に机と椅子を持ち込んだ。私物のゲーム機やら漫画本や菓子まで勝手に持ち込んで、第二の自室と化している。
 よくここで傑と過ごした。傑を連れて来て俺の隠れ家、と自慢気に言うと、傑もこの場所が気に入ったみたいだった。机も大きな物に変えて、椅子も二脚に増やした。この場所で傑と課題に取り組んだり意味もなく喋ったりする時間が、悟は好きだった。
 また、傑のことを考えている。ああもう、と特大の溜息を吐いて、ここにいても家にいても結局集中出来ないんだったらもう帰ろう、と立ち上がった。荷物を纏めようとして、ドアががらりと開く音が聞こえた。
 誰だよ、と出入り口を振り返るが、勿論ここに立ち入る人間なんて悟以外に一人しかいない。ショルダーバッグを肩から斜め掛けにして、サルエルパンツを履いた長身の男。額に一房だけ垂れる前髪が特徴的だ。案の定、傑だ。「ここにいたんだ」と険しい顔をしながら言って、悟に近付いて来る。心臓がどくりと鳴った。
「……何だよ。何しに来たんだよ」
「悟と話したいから来たんだよ」
「は? 何。俺のストーカーかよ? きっしょ」
 自分でも思ってもいない暴言が口から勝手に出た。引き返せないので、馬鹿にするように鼻で笑う。
 違う。こんなことを言いたいんじゃない。話したいのはこっちも同じだ。話したいし遊びたいし、……触れて欲しい。でもつまらない意地とプライドが邪魔をして、さっきの発言を取り消すことが出来ない。いつもそうだ。肝心なことを言えない。
 傑は嘲られても怒らず、表情も変えない。ずっとそうだ。傑が怒ったところなんて見たことがない。いつも優しくて悟を甘やかして、だからこそ、何を考えているか分からない。キスした理由も分からないし、悟をどう思っているのかも、全然分からない。こっちの感情ばかり筒抜けみたいで、――好きだとバレてそうで、それがとても嫌だ。
「そうだよ。悟のストーカーだ。悟が私を避けても、私は悟と話したい」
「……っお、俺は話すことなんか、」
 荷物を纏めるのを諦めて、身一つで出て行こうとする。素早く傑の脇を通り抜けようとして腕を掴まれた。しかも強く、ぎりぎりと。痛い。 「ッ離せよ!」
 自分でも驚く程の大声を出してしまったが、傑は動じることなく、離すどころか逆に悟を引き寄せて抱き締めた。バランスを崩して傑の胸にもたれ掛かるような格好になる。抱き締められても華奢な女子ではないのですぽりと傑の胸に納まるような体躯ではないが、傑と身体が密着しているというだけで、心臓が物凄く煩い。身体が熱くなって、汗が出る。
「すぐる、」
「悟、どうしてバイト辞めるなんて言うの」
「……べ、つに、……オマエに関係ねえだろ」
「私が考えた玩具、気に入らなかった?」
「……」
 気に入らない、と一言言えばいい。だが言えない。黙り込んだまま俯けば、髪を撫でられた。反射的に手で傑の手を振り払った。
「……んで、」
「え?」
「なんで、……キス、したんだよ」
 訊くつもりのなかったことだった。顔に血が集まって、訊くんじゃなかったと後悔した。髪で顔を隠すように俯いたまま、目を伏せた。
 傑は、なんて答えるんだろう。答えを聞くのが恐いような、聞きたいような、奇妙な心地だった。
「……ごめん」
 傑の声は申し訳なさそうだ。ごめんって何だよと顔を上げる。声と同じで申し訳なさそうな顔の傑と視線がぶつかる。そんな解答は望んでない。そんな……その気もないのに誑かしただけみたいな返事なんて、聞きたくなかった。
「何で謝んだよ、馬鹿にしてんのか」
「してない。悟、私は」
「もういい」
 言葉を強引に遮り、傑を振り解いて逃げようとした。自棄になって傑の腕の中で身を捩った瞬間、傑に肩を掴まれてそのまま押し倒された。背後にある大きなテーブルに向かって。背中が硬い表面にぶつかって、痛みに息が詰まった。
「い……ッてえな!?」
 今度は、傑は謝罪しなかった。逃げられないよう悟の両肩をぐっと押さえ込んで、身体をテーブルに押し付ける。射るような視線に身が竦む。悟の両足の間に身を割り込ませて、膝でぐりっと悟の急所を刺激した。ひ、と喉の奥から声にならない悲鳴が漏れる。
「や、……何考えてんだよ馬鹿、」
「大丈夫だよ。鍵掛けたし。それにどうせここ、誰も来ないだろ」
 恐ろしく冷たい表情で、傑が笑った。ぞわ、と背筋に悪寒が走る。なんで、この状況でそんな風に笑うんだよと、傑のことが理解出来ない。だって傑の笑い方は、少しも愉快そうじゃない。逆に痛みに耐えているかのようで、痛いのに笑うなんてちぐはぐだ。
「そう、いう話じゃな――っん♡や、あ♡やめ……ッ♡」
 くすくすと笑いながら、傑が膝でぐり♡ぐりゅ♡と性器を押す。こんな場所で何すんだよ、最悪、と思うのに、一切そんなつもりなんかなかったのに、快楽と傑とに従順な身体は膝での刺激にビク♡ビク♡と跳ねて、身体の中心が芯を持ち始める。身体から見る見る力が抜けて、傑に抗えない。
「あ、……すぐ、る♡」
 とろりと潤んだ目で傑を見上げる。傑は悟の身体から抵抗する意思が抜けていくのを見て肩から掛けた鞄を机の上に置き、悟のズボンの前を寛げた。下着とズボンを少しずらせば、ふるりと震えながら緩く勃ち上がったものが顔を出す。
 理性が、こんな場所でという背徳感と罪悪感を意識に植え付ける。だが普段は理性に隠された本能が、逆にこんな場所だからこそのスリルと興奮を脳に伝える。相反する感情が混じってごっちゃになって、頭の中がまるで上手く混ぜ損なったカプチーノみたいにぐちゃぐちゃだ。
「悟、バイト続けるだろ?」
 問い掛け、意思確認、という体裁の質問だが、実際は断定に近い。バイトを続けると、傑に気持ちいいことをされたいと、悟がそう望んでいると既に傑は決めつけている。続けない、辞めると言わないと、逃げないと、傑に流されてまたなし崩し的に弄ばれて、傑のことしか考えられなくなる。頭では分かっていても、兆し始めた中心を傑の手に握り込まれて扱かれれば、忽ちビクン♡と腰が跳ねる。頭の中のぐちゃぐちゃが更に酷くなって、収拾がつかない。
「あ、ッやだ♡やだ♡も、さわんな、ッあ゛……ッ♡♡」
 どぷどぷと先走り汁が溢れ出て傑の手を汚す。傑の空いた方の手がズボンも下着も更にずり下ろして、片足を持ち上げさせられれば、傑に誘導されるように片足から靴も下着もズボンも脱がされてしまう。上げさせられた足をテーブルに乗せられ、ぐいと外側に開かせられるのにも、逆らえない。羞恥が募った。
「辞めたくないんだろ、悟。こうやって少し触っただけですぐに濡れる癖に」
「んあ゛♡あッ♡やだぁ゛……ッ、」
 先走り汁を絡めて竿を上下に擦られて、ぐちゅぐちゅと卑猥な水音が狭い部屋に木霊した。嫌なのに、拒めない。ビク♡ビク♡と身体が悦楽に何度も跳ねて、傑の手にすっかり硬くなった性器を押し付けるように腰が動く。思わずぎゅうと傑の腕に縋り付いた。片手だけで悟を易々と追い詰めながら、傑が鞄の中を片手でごそごそと探っている。
 これ、鞄に色々仕込んで来てるやつじゃん、と察したが、弱い場所を傑に握られ扱かれて、身体から抵抗する気力を根こそぎ奪われている。何をされるんだろうと恐い筈が、期待するようにひくりと喉が鳴った。
 傑は鞄から見覚えのあるローションのボトルを取り出して、冷たい中身を温めないままいきなり悟の性器に勢い任せに振りかけた。どろりと粘り気のある液体が性器を濡らし、冷たさにビクッと肩が跳ねる。
「んひ♡あ、あッ♡」
 先走り汁とローションとでべとべとに濡れた傑の指が、するっと性器の下に移動する。駄目だと拒否する間もない。思考力を奪われたまま、指がつぷりとアナルに差し入れられるのを感じる。異物への違和感も痛みもなく、すんなりと入ってしまう指を穴が勝手にきゅうと締め付ける。その所為で指の長さや太さをダイレクトに感じる。ぞくぞくした。
「あ、あ゛ッ♡や♡も、嫌、ッあ゛ッ♡♡すぐ、っんあ゛ッ、や……ッ♡」
「嫌? すぐ入るし、すぐ馴染むし、指一本だけじゃもう足りないんだろ?」
「ちが、ッひあ、あ゛っ♡やら゛♡も、動かしちゃらめ♡あ゛っ♡♡♡」
 ふっと意地悪く微笑みながら、傑が指を抜き差しする。ぐちゅ♡ぬちゅ♡と濡れた卑猥な音が鼓膜を犯しながら狭い部屋に響き、羞恥を煽る。身体が何度も跳ねて、触れていないのに性器からとろとろと透明な蜜が零れ落ちた。
 傑の言う通りだ。指を食いちぎる勢いでぎゅうぎゅうに締め付けて、粘膜を擦られると蕩けそうで、そして細い指一本だけでは、もはや足りない。中途半端な快感への物足りなさと、焦らされるような切なさとに、両目の端に涙が浮いた。少しでも中で快感を得たくて、指がいい場所に当たるように自分から腰を振ってしまっている。細い糸を手繰り寄せるように、必死で小さな快感を拾う。そのいつ切れてもおかしくない細い糸を無情にも断ち切るように、傑が指を引き抜いてしまいそうな気配がある。だめ、と反射的に口走りながら、傑のシャツの胸元を強く掴んだ。
 傑の前で理性をなくすのは、傑の手によって堕とされるのは、いとも簡単だった。容易く服従する、まるで従順な飼い犬だ。
「すぐ、るう……♡も、っと、……♡♡♡足りない……♡♡♡」
 足りない。緩んだ穴が寂しげにひくひく震えて、もっと太いのを挿れて欲しいとねだる。太いのを――それが何を指すのか、悟にはもう分かっている。だが口に出してはいけないのも、分かる。それを言った途端、傑との関係は終わる。でも、もう傑と親友を続ける自信もなくなってきた。既に傑のことを親友という目では見ていないのだから。
 傑は指を増やしてくれないどころか、薄情にもずるりと濡れた指を中から引き抜いた。抜く感触にさえ、健気で必死で敏感な身体はびくんと反応する。
「すぐる、」
 穴の縁をなぞるように傑の指先がぐるりと入り口で円を描く。ひくん♡ひくん♡と淫猥に蠢く穴の中を埋める物が何もないのが、辛い。
「ねえ、バイト辞めるなんて言わないで。悟が気に入りそうな玩具、今日も用意したんだから」
 悟が察した通りに、傑が鞄の中から玩具を取り出す。見たことのない玩具だった。相変わらず悪趣味な濃いピンク色で、丸い球状のものが連結した形だ。玉のサイズは小さな物から徐々にサイズが大きくなる形で繋がっており、一番大きな玉の先には取っ手のような輪っかがくっついている。
 何でそんなもん鞄に入れてんだよと思う。もしかして、いつ玩具を悟で試すことになってもいいように持ち歩いているのだろうか。悪趣味だと思うと同時、訳の分からない興奮を覚えた。だって、悟に玩具を使うのを考えて一人ほくそ笑みながら鞄に玩具を突っ込む傑なんて……ぞくぞくする。真面目ぶった顔をして頭の中が真っピンクな傑なんて、腹の奥がきゅんと疼く。
「これはアナルビーズっていうんだけど、アナルパールと呼ばれたりもするね。悟のアナルに先っぽから埋めて――」
 ローションで濡らした玩具の先端の、一番小さな玉の部分が、くぷりと悟の後孔に挿れられた。小さなつるりとしたシリコン製の玉が内壁を擦ると、反射のようにぴくんと肩が跳ねる。傑は手を止めず、ゆっくりと、だが容赦なく最初のより少しだけサイズが大きい次の玉も中に埋める。その次も。その次も。徐々に大きくなっていく玉が、いくつも腹の中に収まる。
「ッうあ……ッ♡すぐる、く、くるし、」
 流石に異物感と圧迫感に眉をひそめながら、悟はなんとか上半身を起こそうとした。立てた肘が震えて、また机に倒れ込んでしまいそうだった。
「苦しくないだろ? まだ入る」
「あ、ッあ゛……ッ♡」
 くぷん、と大きな玉が体内に埋め込まれる。腹の中でごろごろといくつもの丸い玉が動く。未知の感覚だ。額に汗が浮く。恐い。恐いから、震える手で傑の肩にしがみついた。しがみついたまま机にまた背中から倒れ込んでしまいそうで、傑の肩に体重が掛かる。
「それに、勃ったままだ」
「や……♡」
 薄く笑みを浮かべた傑の空いた方の手の指先が、つつと竿をなぞる。軽く触れられただけなのに、性器はぴく♡ぴく♡と震えながら切なげに蜜を零す。頬に血が集まった。恥ずかしくて目を伏せた。
「全部入りそうだね」
「は、入んない……! 無理、やだ、」
 恐怖で息が荒くなる。ぷるぷると首を横に振った時、傑が最後の一個を後孔にぎゅっと押し込んだ。既に入っていたビーズが更に奥へ押し込まれて、ごろごろと連なったビーズの塊が、ごりっ♡と硬くしこった前立腺を乱暴に擦る。
「あ゛ッ!? 待っ、やめ♡あ、あ゛ッ……♡♡♡」
 途端、身体に電気を流し込まれたみたいに、びりびりと全身に痺れが走った。ビクッ♡ビクッ♡と腰を痙攣させながら、勃ったままの性器の先からびゅく♡びゅく♡♡と精液が飛ぶ。何も考えられなくなる。だって、気持ちいい。追い打ちを掛けるみたいに、輪っかの部分に指を引っ掛けた傑がくいくいと玩具を引っ張る。くぷ♡にゅぷ♡とビーズが穴の中に出たり入ったりを繰り返して、その度に穴がビーズの大きさに馴染むみたいに緩んでいく。
「だ、だめ♡すぐる、すぐるやだ♡♡♡あ゛ッ♡あ゛んッ♡♡♡♡」
 押し込まれたビーズの塊が前立腺をぐりゅぐりゅと捏ねる。蕩けるような甘い快感がじんじんと腰を痺れさせて、萎える間もなくまた勃たされた性器の先から、間断なくたらたらと蜜が滴る。くいと引っ張られれば、連なったビーズが連続でずるずると抜けていくのが、まるで強制的に排泄させられているような感覚に襲われる。排泄行為を傑に見られているような感じがして、猛烈に恥ずかしい。
「こうやって全部入れて、出したり入れたりしたら、どんな感覚? さとる」
 ぬちゅぬちゅとビーズを出し入れしながら、傑がそっと訊く。答える必要のない問いだ。もうバイトは辞めると言ったのだから。なのに、それが癖になっているのか、傑にモニターするようにすっかり刷り込まれてしまった悟の口からは、勝手に使用感の実況と、時折混じる喘ぎ声とが出て来る。
「っひ……♡あ゛ッ♡は、入ってう、時、は、前立腺ごりごりされて♡あ゛ッ♡♡きもちいい♡♡ひう♡」
「うん。じゃあ、抜く時は?」
「あ゛っ、んッ♡も、漏らひてる、みたいで♡はずかし、けど、きもちい♡♡ッああ゛あ゛うう♡♡♡♡♡」
 ぬぷんっ♡ぬぷっ♡ぬぶっ♡♡♡
 いやらしい音をさせて、ビーズが一気に引き抜かれる。全部抜けるギリギリの場所まで躊躇なく抜かれたそれに追い縋るように、腰が浮く。疑似排泄を傑に見られていることに対して羞恥と背徳感と、隠しようもない快感がごっちゃに混じって危険な程の快楽を生み出すみたいだった。きゅんきゅんと穴が収縮し、性器からはまた白濁がどぴゅりと迸った。
「あ、っん♡♡あ♡あ゛ッ♡♡♡はあ゛……ッ!」
「ふふ。悟、尻尾生えてるみたいで可愛い」
 思わず力が抜けてまた机に仰向けに倒れ込みそうになるのを傑に上半身を抱きかかえられ、見て、と傑が輪っかの部分を軽く引っ張る。趣味の悪い玩具が尻から突き出てぶらんと垂れ下がっているのを尻尾だと見立てているらしい。
「っも、やだ……♡それ抜いて、すぐう、」
 入ったままだととんでもないことを口走ってしまいそうなのを危惧して、悟は必死でねだった。真逆のことをねだってしまいそうで恐い。奥に挿れてだとか、別のもの――傑のちんぽ挿れて、だとか。
「それはだめ」
 意地悪く微笑んだ傑が悟の萎えた性器をぴんと爪先で弾いた。異様に感覚の鋭くなった身体が、ビクッ♡と悦ぶように跳ねる。二回もイかされた身体がぐたりと傑の方にもたれ掛かるのを支えながら、傑は「別のも試そうか」と物騒なことを口にした。
「は、ぇ……?」
 頭も舌も回らないままとろんと訊き返せば、傑はまた鞄の中を探って『別の』を取り出した。今度のは、太いグリップ部分の先に括れがあり、更にその先にグリップと同じくらいの太さの丸い瘤がくっついている。たまに電気屋で見掛ける肩凝りのマッサージ機みたいな物だ。
「これは普通にマッサージ機として使う人もいるんだけど……違う使い方の方が有名かな。これも、違う使い方を目的に作ったし」
「え……?」
 違う使い方って何だよ、とぼんやりしたまま思う。傑がグリップ部分についた摘まみを弾くと、それが電源だったようで、ヴヴヴヴ……とやや大きな音をさせて、機械が震え始める。震える機械というだけでろくな代物ではない、というのはもはや経験則から来る持論だ。そしてやはりろくな物ではないのは今までと同じだったようで、傑はそれを悟の萎えた性器に近付けた。ひぐ、と悟の喉が鳴る。恐怖で身体が強張った。
 だめだそんなのをイッたばかりの今ちんぽに当てられたらヤバい無理だ死ぬ死ぬ死ぬ、
「すぐ、る、そ、それだめ、待って」
 狼狽しながら首を横に振り、傑の身体を押し退けようとした。力なんて入らないのに。抵抗しても無意味なのに。拒絶しようと必死なのを嘲笑うように、後ろに入ったまま尻尾のように垂れているアナルビーズをまたぐぷっと奥に押し込まれた。幾つもの玉に内壁をごりゅっと擦り上げられるまでもなく、力が抜けているのに。傑はやっぱり趣味が悪い。わざわざ抵抗が無駄だと知らせる為だけに後孔を嬲る行動に出たのだから。
「っひ♡あ、あ゛ッうあっ♡♡♡」
 萎えた性器の竿の部分に押し当てられた機械から、強烈な振動がダイレクトに弱い場所を直撃する。目眩がする程の感覚を気持ちいいと認識する間もなく、強引にまた勃起させられた性器の先の窪みに先走り汁が滲み始める。すぐに窪みだけでは受け止め切れなくなってどぷ♡どぷ♡と次々零れ落ちる卑猥な汁が、震えるマッサージ機を濡らす。防水性なのか濡れても全く差し支えないようで、機械は凶悪に振動し続けている。
「すぐ、ッあ゛ッ♡♡はあ゛ッ♡♡だめ、だめだめ♡やら゛……ッ♡♡♡」
 また机に押し倒され、敏感な裏筋にぶるぶる震える先端を押し当てられて、一瞬目の前で火花が散った。少し薄くなった精液が、びゅるりと飛び散る。イくと予期していなかったタイミングでの絶頂に脳がパニックを起こすが、混乱に更に輪を掛けるように、傑がマッサージ機をカリの括れた部分に押し付ける。どぴゅどぴゅ♡と白濁が四散して、顔にまで掛かった。
「や、やだ♡やだやだ♡♡♡あ゛ッ♡♡ひい゛ッ♡♡しゅぐう♡も、ら゛め、」
 ずっとイきっぱなしの快感が続いて、それがいつまでも止まらない。恐くて、気持ちよくて、死にそうで、見開いた両目からぼろぼろと涙が溢れた。濡れた頬を傑の指がなぞり、涙を拭う。慰めるみたいに、優しく。全然優しくないことをしている癖に。指が触れた場所が、火傷を負ったみたいに熱い。
「初めての電マはどう? 悟。訊くまでもなくお気に召したみたいだけど」
「は、はひ……ッ♡無理ぃ゛ッ♡イぐの、止まんないい♡♡♡あ゛ッ♡んッ♡だめ♡それ、ちんぽ壊れひゃううっ♡♡♡しゅぐる、も、止めてぇ゛……ッ!」
「へえ? 悟のちんぽ壊れちゃうの? そしたら女の子になっちゃうねえ」
「や、やら゛ぁっ♡♡おんなのこ、じゃない゛い♡♡♡ひう♡あッ♡あ、あ゛っ♡♡」
「そのままでも女の子みたいだと思うけど? 可愛いし」
「なに、言ってう、っんや♡♡あ゛ッ♡も、ぶるぶる、止めて♡♡♡しゅぐゆ、」
 愉しそうに目を細めた傑に意味の分からないことを言われると、本当に女の子になってしまいそうでぞくぞくする。女の子になったら、傑は自分と付き合ってくれるのだろうか。自分が女だったら……傑はセックスしてくれるのだろうか。
 想像しただけで、何か得体の知れないものが、腹の奥から競り上がって来る。いや、この感覚は身に覚えがある。この、イッたばかりの身体にひたすら快楽を与えられ続けてキャパオーバーする感覚。だめなやつだ。
「すぐう、ッあ゛♡ま、待って、」
 精液と先走り汁とでどろどろに汚れた電マを先っぽの一番敏感な場所まで滑らされて、ぷくりと腫れた亀頭にぐぷっと押し込むようにして当てられた。瞬間、風船が派手に弾けるみたいに、ダムが一気に決壊するみたいに、堰き止められた濁流が溢れ出すみたいに、透明な潮がびゅるるるるっ♡♡♡と勢いよく噴き上がった。
「ッあ゛ー……ッ♡だ、だめ♡♡♡潮、いっぱい出ちゃ、ッん゛っ♡あ゛ッ♡♡あっあ゛っ♡♡♡♡」
 ビクッ♡ビクッ♡と腰を震わせながら、潮がびゅーびゅー出て止まらない。恐い。鈴口に蓋をするみたいに震える電マで押さえ込まれているのに、その隙間を縫って潮が飛ぶ。どろどろのぐちゃぐちゃに何もかも溶け出してしまいそうだ。脳味噌も、身体も。気持ちいいのがずっと続いて、そのまま跡形もなく消えてしまいそうで、恐い。
「可愛い、悟。潮噴き止まらないの? 気持ちいい?」
「う、ん♡それ、気持ちいい……♡♡♡あ゛ッ♡ちんぽの先っぽ、ぶるぶる当たって♡ひん゛ッ♡きもひい♡溶けそう♡あ゛……ッ♡♡」
 気持ちいいかと訪ねられ、とろんと蕩けた目を虚空に彷徨わせながら正直に答えてしまう。今しなくてもいいモニターまでしてしまうのは、今までの傑の調教の賜物と言えた。自分の作品に見惚れて感動するように、傑がうっそりと微笑む。
「悟はぶるぶるする玩具大好きだねえ。潮、いっぱい出てやらしい」
「う、ん♡すき♡ぶるぶる、しゅき♡♡♡潮、止まんない♡あ゛っあ゛ッ♡」
 角度を変えて電マを押し当てられ、時々力加減まで調整されて、びゅ♡びゅっ♡と潮が飛ぶ。ずっとイッているみたいな快感がひたすら続いて、頭の中はもうとっくにキャパオーバーを起こしている。目から涙が出る。ずっと喘がされている所為で閉じる間もない唇から涎が垂れる。額に浮いた汗で、前髪が皮膚に貼り付く。身体中至るところから体液が噴き出て止まらない。身体が馬鹿になってしまったみたいに。
「ッあ゛っ♡あ、らめ゛♡しゅぐう、やら゛♡♡♡」
「どうして? 気持ちいいって言ってたのに」
「らってえ♡むり、だからあ゛……っ♡」
 もうバイト辞める、とはっきり告げて中断させたい。だが呂律が回らない。あまりの快感に舌先までじんじん痺れて、だんだん頭も回らなくなってくる。  何を言うつもりなんだっけ、とのろのろと鈍く回転する頭で考える傍から、今度は刺さったままぷらぷら揺れているアナルビーズの先端の輪っかの部分に震える電マを当てられる。振動がダイレクトに中まで伝わって、頭の中が白く染まった。
「あ゛ッ、あっ♡ひ♡アナル、中、ふるえて、っひああ゛ッ♡♡♡い、イく♡♡♡」
 条件反射のようにモニターしようとして、下手糞な説明しか出来なかった。説明の途中で身が仰け反り、びゅ♡びゅくくく♡と白濁を勢いよく迸らせる。目の奥で火花が散った。潮ではないモノを久しぶりに吐き出せて、悦ぶようにひくん♡ひくん♡と性器が震える。
「潮じゃないの出せて嬉しそうだねー、さとる。アナルもひくひくしてる」
「や♡あ♡も、見んな、ッあ♡あひ♡」
 ヴヴ、と低い音を不気味に響かせる電マでぐりぐりと輪っかの部分を押されれば、媚肉を細く小さく刮げ落とすようにビーズが細かく蠢く。動くビーズに前立腺をごりごり削り取られていくみたいで、未知の快感にびくっびくっ♡と腰が何度も跳ねた。玩具が緩んだ場所に出入りするのを、傑に見られている。ぐぷ♡ぬぽっ♡といやらしい音がするのを、傑に聞かれている。死ぬ程恥ずかしいのに、イッても萎えることなく勃ったまま、性器はまた蜜を零している。
「あっ♡すぐ、っひあ、あ゛ッ♡だめ、あ゛ッ♡♡」
「見られると興奮するの? 悟。穴の縁、真っ赤になって腫れてて、かわいい」
 指がぐるりとビーズの埋まった後孔の周辺をなぞる。ぞくぞくした。感電したみたいに。傑の指先が帯電していて、電気を指から流し込んでいるみたいだ。傑に触って欲しかったんだと、気付きたくなかったことに気付いてしまう。
「ひ♡う♡さわ、るなぁ……ッ!」
 さわって、と言いそうになっていることに気付いて、言葉を慌てて軌道修正する。修正しても、言おうとしていたことが傑にバレていそうで嫌だった。心臓がドキドキと煩い。触って欲しいのに、傑は縁から手を離してしまう。それを残念に思ってねだるような視線で指を追う。無意識の行動だ。
「必要以上には触らないよ。悟は大事なモニターなんだから」
 恋人ではないと明確に線引きされるような発言だ。目の前が暗くなる。真っ暗闇のトンネルの中に一人で残されたような絶望感が、胸に広がる。
 何で、と思った。追い掛けて来たり、バイト辞めるなと言ったり、でも今みたいに突き放したり、傑の気持ちがさっぱり分からない。こっちばかり気持ちがどんどん膨れ上がって収拾がつかないのに。最悪だ。
 涙が溢れる。情けない。顔を見られたくないから、慌てて腕で目元を隠した。服が汚れるのもお構いなしにごしごしと涙を拭う。
「っひ♡うう、」
「泣いてるの? 悟。ああ、ちんぽ可愛がって貰えなくて寂しい?」
「ち、がう、も、離――っひい゛ッ♡ん゛ッ♡♡♡あ゛っ♡あッ♡」
 ヴヴ、と強烈な振動をまた亀頭に当てられて、そこが馬鹿になったみたいにびゅ♡びゅ♡と連続で潮が飛び散った。傑に腕を取り払われて、目尻の涙をべろ、と舌で舐め取られる。優しく舐め取られた筈が、野生の犬に噛まれたのかと思うくらい、そこが痛い。痛くて、ざらついた舌の感触がきもちいい。
 快楽が、全部真っ黒に塗り潰していく。いや、真っ白かも知れない。分からない。理性も、悲しみも、理不尽な怒りも全部消えて、傑に気持ちいいことをされたいと、それしか考えられなくなる。そのまま堕ちてしまいたかった。でも、ほんの僅かに残った理性が嫌だと言う。懸命に首を横に振りながら、また涙がぼろぼろと零れた。
「も、やだ♡しゅぐう♡♡♡やだやだ♡♡♡離して、」
「悟、やだじゃなくて、モニターして」
「っん゛ッ♡あ゛……っ♡」
 ぐちゅん♡と体液に濡れた電マの先をカリ首に滑らされ、出口を塞いでいた障害物のなくなった鈴口から、また精液が出た。勢いがなく、とろとろと静かな射精は深くまで満たされるようでいて、奥の奥まで何かが欲しくなって、物足りない。びくびく痙攣しながら、流されてまた電マの使用感を実況してしまいそうになって、悟はぎゅうと下唇を噛みながら首を横に振った。
「さとる、意地張らないで」
「……っる、から、」
「え?」
 絞り出すように口に出した声は小さくて、玩具の振動に掻き消されて自分にもよく聞こえなかった。目を覗き込まれるようにして訊き返されるが、悟はふいと目を逸らした。
「だから、もうバイト辞める……!」
 さっきよりも大きな声ではっきり告げる。気持ちが揺らがないうちにと、つい早口になる。傑は何も言わなかったが、ぶつっと電マのスイッチを切った。性器を絶えず襲っていた身体を内側から破壊されるような凄まじい振動が消えて安心する筈が、まだそこがぶるぶると震えているような違和感だけが残る。何もされていない筈の場所が、まだ玩具に犯されている感覚が続いて尾を引くように、赤くなった先端からこぽりと先走り汁を零した。
 尻尾のように垂れて、悟が身じろぎする度にゆらゆら揺れていたアナルビーズも、ぐぷんと一気に引き抜かれる。連なった玉が、腸壁をぐぷぐぷと抉りながら出て行く感触に思わず身が仰け反った。
「ッあ……っ♡」
 声が漏れ出る。出て行かないで欲しいと思って、出て行った後には、その空洞を埋めて欲しい、と無意識に考えた。ひく♡ひく♡と開いたアナルが卑猥にひくつく。傑のを、挿れられるのを期待しているみたいに。
「……」
 傑が黙ったまま、物言わぬ死体のように静かになった玩具を机の上にごとりと置いた。
 震える玩具のモーター音がなくなって、部屋は沈黙に包まれた。
 はあ♡と荒い息を吐きながら、傑の方を見る勇気がない。傑が何も言わないから。でも、これでいい。これ以上このバイトを続けていたら――いつか、傑に本心を暴露してしまいそうだ。すき、と。それは、絶対に言ってはいけない。だって言ったら、悟を好きな訳ではない傑は自分から離れていく。もしくは、付き合ってくれるかも知れない。傑は優しいから、悟の気持ちを拒絶しないかも知れない。でも同情心で恋人になって欲しい訳じゃない。そんな仮初めの恋人関係なんて、惨めになるだけだ。
 いっそこんなことならバイトなんかするんじゃなかったと思う。そしたら、傑と親友のままでいられたし、自分の身体が傑の色んな玩具の所為でこんな敏感に作り替えられていくこともなかったのに。また新たな涙が出そうになって、自分の女々しさに心底嫌気が差した。
「私は、悟にバイトを辞められると困る」
「……っ知ら、ねえよ。他の適当な奴募集しろよ」
 言って欲しい言葉を一つも言ってくれない傑に八つ当たりするように吐き捨てた。傑が悟にバイトを辞めて欲しくないのは、モニターする人員が必要だからだ。その役割は、別に悟でなくてもいい。傑が他の奴相手に玩具を使って、他の奴に淫らな言葉を吹き込んでいるのを想像すると酷い吐き気がした。
 耐えられない。傑は俺のなのに。でも俺は別に傑のじゃない。俺は傑を独占したいけど、傑はそう思っていない。
「嫌だ」
「っはあ?」
 急に子供のようなことを言い出した傑の方を思わず見る。傑は想像以上に真剣な目をして、悟の両肩を机に押し付けた。逃げられなくするみたいに。押さえる力が強くて、少し痛い。顔が歪んだ。
「私は悟じゃないと嫌だ」
 それってどういう意味だ、と思う。そんな意味の分からないことを急に言われて、言ってはいけない言葉をますます言いそうになる。だから悟は顔を背けた。
「お、俺は、……もう辞める。続けてたら、オマエのことしか考えられなくなるから、嫌だ」
「え、さとる……それって、私を好きってこと?」
 呆然としたような声にハッとする。顔が、火を吹くみたいに熱くなった。今の台詞、確かに傑を好きと言っているようなものだ、と今更気付いた。知られたら困る部分を自分から傑に暴露してしまった。自爆。誤爆。撃沈。
「さとる、どうなの?」
 顎を傑に掴まれて、強引に視線を合わせさせられた。黒い、切れ長の目が、悟の本心を暴こうとするように、じっと目を覗き込んで来る。答えるまで離すつもりがないかのように体重を掛けて押さえ込まれて、身動きが取れない。心臓が煩い。すき、と二文字を口に出して言ってしまいそうで、絶対に言いたくないから、反対の三文字を声に出した。
「……き、らい……」
 伏せた目からまた涙がぽろっと零れた。机に仰向けに転がされている所為で、頬は伝わず耳や髪を濡らす。
 気持ちに蓋をする。気持ちと反対のことを言う。本心を知られたくないから。堰を切ったかのように、言葉が止まらない。
「オマエ、なんか嫌い……。大っ嫌い……」
 傑の顔がすぐ目の前まで近付いて来て、唇に傑の唇を押し当てられた。驚いて息を呑んで、涙まで引っ込んでしまう。
 何で、嫌いって言ってる相手にキスするんだよ。思ったが、口を塞がれている所為でその疑問を口に出せない。それどころか中途半端に少し開いた唇の隙間から舌を差し込まれて、ちゅう、と舌を吸われた。傑の濡れた舌と、自分の舌が触れている。ぞぞぞぞ……っと身体の奥に甘美な熱が押し寄せて、腰が勝手に揺れた。傑の睫毛の一本一本までよく見える。傑とこんなに近付いたら、心臓が破裂してしまいそうだった。
「っん、うう……♡んむ、」
 息が出来なくて、頭がぼんやりする。痺れたみたいに、奥がじんじんする。酸欠で苦しいのか、快感で朦朧としているのかも、もはや自分で判断出来ない。両方かも知れない。キスがこんなに気持ちいいなんて、知らない。知らなかった。知ってしまった。
 また、傑の所為で気持ちいいことを覚えてしまう。教えられて、覚え込まされる程、傑から離れるのが難しくなる。だから離れたいのに、だから嫌いだと言ったのに。
「は……ッ♡ん、んぐ……ッ♡」
 唾液が口内に溜まって、口端から溢れる。もっと、と無意識にねだるように口を開くが、傑はキスをやめてしまった。欲しいとねだった分を施してくれない。餌を与えず空腹で我慢させた方が、従順になると知っているかのように、絶妙に焦らす。巧妙なその手口の所為で、屈服して服従してしまいそうになる。
 透明な唾液が互いの唇の間を結んで、それもやがてぷつんと途切れる。傑の目が熱を帯びている、気がする。目の縁が少し濡れている、ように見える。それは自分の都合のいい妄想かも知れないとも思う。でもそれが妄想なら、傑は何でキスしたんだと思う。キスされたことすらありもしない空想なのだろうか。
「……っすぐる……」
「私は悟が好きだ」
 自分が作り出した虚像じゃないのを確認するように濡れた唇の間からか細い声を出せば、傑がはっきりした声で悟にとっては驚くようなことを言った。目がじっと悟を見て、……頬が、赤みを帯びている。つられるように、こちらの顔までぼっと赤くなる。
 今、好きって言った? と、一拍遅れてようやく何を言われたかに意識が向いた。
「っえ……、」
「……ごめん」
 それって、と舞い上がったのはほんの一瞬で、傑が目を逸らして申し訳なさそうに謝った。しゅう、と忽ち気持ちが萎んでいった。浮き輪から空気が抜けるみたいに。
 だから、何で謝るんだよ、と思った。こちらが何か言うより先に謝るなんて、先制攻撃を仕掛けられたみたいで、出鼻を挫かれるみたいで、反撃が出来ない。  ぽかんと口を開けたままの悟を残して、傑は身を起こした。悟の方を見ない。話し掛けるなオーラが全身から出ている。普段ならそんなこと気にせずに空気を読まずに話し掛けるのに、悟が何も言わない間に、傑は旧資料室を後にしてしまう。扉が開いて閉まる音が虚しく室内に響いた。
「……んだよ、それ」
 一人半裸のまま取り残され、悟は力が抜けて大きく溜息を吐いた。
 つーか、どうすんだよこの玩具、と机の上に置き去りにされた二つの卑猥な玩具に目をやる。どうもせずここに放置しておこうか。どうせ誰も来ないし。
 意味分かんねえ、と思った。謝るのは卑怯で狡い。やっぱり追い掛けて、連れ戻そうかと考える。半裸のまま。他人に見られたら問題になりそうだが構いやしない。何で謝るのかと、傑が理由を白状するまでしつこく問い詰める。でも何故かそれが出来なかった。
 好きという言葉と、謝罪の言葉とが、ぐるぐる頭の中を巡り巡って何周もする。太陽の周りを公転している地球と、地球の周りを巡っている月みたいに。