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 人生最大のピンチだ。
 なんていう言葉を、まさか自分が使う羽目になるとはこの人生が始まってから一度も考えたことがない。ピンチなんて、自分の人生に存在していなかった。大学の同期がよく「今月金欠でやべえ。ピンチだ」なんて言う。金欠、という状態に今まで陥ったことがないので、金欠でヤバいというのが想像出来ない。体験したことがないものには、全く理解も共感も出来なかった。
 ピンチだとか生命の危機だとか絶体絶命だとか絶望的だとか、そんな物とは一切無縁。五条悟の人生とはそういうものだった。人生は常にイージーモード。昔から金銭面で苦労したことなどなかったし、大学生になり都心で一人暮らしを始めて二年半が経過したが、その間も苦労などとは無縁だった。生活に掛かる金も、学費も、遊びに使う金も、何もかも親が出してくれていたから。それを当たり前と思っていたし、二十歳そこそこの若者が毎月馬鹿みたいに高い家賃が掛かる高級マンションに住めていることも特に疑問にも思っていなかった。だって、昔から親が金を出すのが普通だったから。
 その親が、急に仕送りをやめると言い出して、本当にやめてしまった。
 曰く、このままではお前はまともな金銭感覚も社会性も身に付かず、ろくな大人にならない。いや、もう既にろくでもない大人になっている。勿論そうなったのは今までお前に好きなだけ金を使わせていた私達親の責任でもあるから、まだ軌道修正が可能だと思われる今のうちに、自分で金を稼ぐという術を身に付けろ。学費は今まで通り出すから、生活費や遊ぶ金は自分で何とかしろ。つまりは世間一般でいう『普通の大学生』らしく、アルバイトでもして生活費を稼げという訳だ。
 アルバイトなんてこれまで一度もしたことがない。しようと思ったこともない。そんな物は余程金に余裕がない、自分とは別の人種がするものだと思っていたから。しかし、親に何を言ってもどう抗議してももはや一銭も寄越す気はなさそうだった。冗談だろうと思っていたが、どうやらガチらしい。その証拠に、仕送りが振り込まれる予定の日から二週間が過ぎたが金は振り込まれていない。
 いよいよこれはヤバい。初めて危機感のようなものを覚えた。そうか、これが『ヤバい』。感心している場合ではない。
 仕方なく、悟は親の説得を諦めて、気が進まないながらも生まれて初めてのアルバイトをしようと決意した。のだが、求人誌を見ても、ネットでアルバイトを検索してみても、どこも時給が信じられないくらい安い。こんなの、一ヵ月続けてもマンションの家賃も払えない。
「あーくそ。無理じゃん。詰んだ」
 パソコンを見ながら、何度目かも分からないぼやきの後、がしがしと髪を掻きむしって、苛立たしげに溜息を吐く。声はしんと静かなコンピュータ室にやたら大きく響いて、数人の学生がちらりと悟の方を鬱陶しそうに見た。
 ここは大学内にあるコンピュータ室。学生はいつでも好きな時に調べものをすることが出来る。バイトの求人も、大学と繋がりのある割と名の知れた企業が大学経由で募集しているのが、ここのパソコンで閲覧出来る。大学を通しての求人なら時給もしっかり出るんじゃないかと見込んでここに来たが、見事に期待外れだった。
 詰んだ。
 家賃も払えなくなって、来月には追い出される。家賃の安いアパートに引っ越そうにも、そもそも引っ越す金もない。今まで親から貰った普通の大学生には多過ぎるくらいの仕送りは全部湯水のように使ったから、貯金もない。豪遊する裕福層から、一気に最下層へと落とされるみたいなものだったが、そもそも引っ越すのも嫌だ。金を自由に使えないのも嫌だ。バイトも嫌だ。あれも嫌、これも嫌、全部嫌。今更生活レベルを落とす度胸さえ備わっていなかった。
 これは人生最大のピンチだ。起死回生の術もない。いや、貯金していればこの危機を回避出来たのかも知れないが、金はあればあるだけ使うものだと思っていたし、貯金なんて概念が悟の中には存在していなかった。だって毎月勝手に沸いて来るものだと思ってたし、金。
「どうすんだよ……」
 溜息を吐いて、机に突っ伏す。サングラスを掛けたままだったので、ごつっとフレームが机にぶつかった。外して、キーボードの横に置く。
 目の色が、日本人離れしている所為でよく奇異の目で見られる。その視線が鬱陶しいので、いつもサングラスで隠している。それを言うなら髪色も特異だが、白と青の要素が同時に視界に納まることにより、中にはギョッとする人間もいるのだ。余計な詮索をされたくなくて、室内でも目を隠している。この髪と目を一目見て『可愛い』と口にした変わり者だけが、悟の唯一無二の親友だ。
 そんなことより、世の中のアルバイトの時給が安過ぎるのが問題だ。無知で世間知らずゆえに自分の生活コストが高過ぎるのが問題だとは、微塵も考えない辺りが既に一般人とはずれている。だが突っ伏して途方に暮れている悟はそんなことには気付かない。
「もっと稼げるバイト……楽して稼げるバイト……」
 突っ伏したままでぶつぶつと呟く低い声はさながら呪詛のようでもある。
 楽して稼げるバイト。そんな物が合法的に存在していたら、とっくに皆そういうバイトをしている。低賃金で重労働のアルバイトの求人しかないのは、楽して稼げるバイトなんて、違法な裏バイトくらいしかないからだ。人生はそんなに甘くはない。というロジックを、世間知らずの悟は勿論知らない。
「何? バイト探してるの?」
 背後から声を掛けられて、悟はむくりと身を起こした。この声は、よく知る人間のものだ。振り向けば、やはりそこには見慣れた親友の姿がある。
 白くてふわふわした髪の悟とは対照的な、長い黒髪を後頭部で団子にした長身の青年。その身長と切れ長の目や耳に空いた大きなピアス穴の所為で一見近寄り難い印象を抱くが、その表情はいつも穏やかだ。中身も優しい。でも時折気怠げな表情で煙草を吸うのもギャップがあっていいからと、彼は女子にモテる。夏油傑。同じ学部にいる親友。
「悟がバイトなんて、どうして? 実家から仕送りが充分にあるからそんな必要ないって言ってたのに」
 傑はパソコンの画面を覗き込みながら、怪訝な表情を浮かべる。画面には『バイト 楽 高時給』とサーチエンジンで検索してヒットした怪しいサイトがずらりと並んでいる。所謂闇バイト、もしくは裏バイト。治験、打ち子、受け子、運び屋など。これは、ここを出る時に閲覧履歴から削除しないとまずい。
「あ、いや、違う。俺じゃねえよ? 俺の友達がな! 俺は探すの手伝ってるだけ!」
 悟は咄嗟に嘘をついた。慌てて画面を閉じてパソコンの電源も落とした。傑に画面を見られたくないあまり、履歴を削除するのを忘れてしまった。それくらい動揺していた。
 親友に、バイトを探しているなんて知られたくなかった。金銭感覚が狂っているのを理由に親から仕送りを止められただなんて、そんなみっともないことを傑に話すのは絶対嫌だ。
 傑は意外そうな顔をした。
「へえ? 悟、私以外に友達いたの?」
「は? 喧嘩売ってんのか」
「違うよ。悟を独り占め出来ないのが気に食わないだけ」
 剣呑に目を細めた悟に動じることなく、傑がさらっと訳の分からないことを言ってのけた。意味が分からない。こういうことを何の躊躇いもなく女にも言うから、女が騙されてついて行くんだと思った。誑しだ。
 勿論、友達なんて他にいない。二つも嘘をついた。『友達がバイトを探している』『俺は探していない』と二重に。
 傑は何やら諭すような笑みで、隣の椅子に腰掛けた。くるりと椅子を回転させて、悟に身体を向ける。
「闇バイトなんて危ないよ。やめときな」
「別に、しようと決めた訳じゃねえし。つーか俺がするんじゃねえし」
「でも悟ならわざわざ時給の安い接客業なんてしなくても、レンタル彼氏みたいなデートで簡単に稼げるかもね。悟は可愛いから、悟とデートしたい人は老若男女問わず大勢いるだろうし。でも、うーん……悟は中身がなあ……私は好きだけど……」
 傑はそこで言葉を切って、考え込むように眉根を寄せた。ひく、と悟の頬の肉が引き攣る。
「オマエ、やっぱり喧嘩売ってる?」
「そうだ、私の会社とかどう? 楽して稼ぎたいならぴったりだ」
「っえ?」
 唐突な提案に悟は目を瞬かせた。名案を閃いたとばかり、傑はうんうんと上機嫌に頷いている。
 傑の会社。
 傑は、実はかなり優秀だ。大学二年の途中で起業している。今や彼は大学生兼社長だ。詳しくは知らないが、健康器具を作っていると言っていた。作るというか、傑は発案者として業者に発注しているというか。
 健康器具のことはよく知らないが、傑がどんな仕事をしているのかは興味があった。だから手伝いたいと申し出たこともあったが、傑にもう少し軌道に乗ったら考えてみると言われて保留にされてしまった。その後手伝いを依頼されることもなかったのでこの話は忘れていた。もしやいよいよ、悟の助けが必要になったのか。それは願ったり叶ったりだ。だが傑が口にしたのは、悟が思い描いていたのとは違う仕事内容だ。
「ちょうど色々試作してるんだけど、使用感をモニターしてくれる人員が必要だと思って。悟は私が作った器具を使ってみて、感想を言ってくれるだけでいい。給料も弾むよ」
「モニター……」
「まあ、考えておいてよ。もし興味あったら、日曜の昼間事務所に来てくれたらいいから」
 ここだよと、傑が名刺の裏側を上にして悟に差し出す。傑の会社が事務所を構えるビルの住所が書かれていた。
 傑は言いたいことだけ言うと、さっさと席を立った。しつこく勧めることもなく、あくまで判断は悟に任せるという態度。
 だから、バイト探してるの俺じゃねえんだけど。という言葉は、喉の奥に引っ込んだままになってしまった。それよりも、傑の試作品を使って感想を言うだけで金が手に入る、という魅惑の誘いを受けるかどうかで頭がいっぱいだったから。


 そして日曜。
 世間知らずな金持ちのボンボンは、傑の提案を特に怪しいと思うでもなく、のこのこと事務所へと出向いた。相手が傑だから。傑のやることなら、何だって信用出来る。親友だから。疑うことすらしない。
「悟なら、絶対来てくれると思ってたよ。人手が必要だったから、とても助かる」
 事務所の中央にローテーブルを挟んで向かい合う形で置かれたソファに向き合って座り、傑は嬉しそうににこにこと微笑んでいる。普段は団子にして纏めている髪を、今日はハーフアップにしている。見たことのない髪型だ。仕事用なのかも知れない。服も普段はダボっとしていることが多いが、今日はかちりとしたジャケットとパンツ姿だ。……何だか、胡散臭い。いや、普段見ない姿だからそう思うだけだ、きっと。
 面接の会場となっているこの事務所はよくある雑居ビルの中の一室で、悟がチャイムを押すと社長直々に出迎えてくれた。あれよという間に部屋の中央にある応接セットへと案内されて、更に社長自らがコーヒーまで用意してくれた。何しろまだ設立して間もなく、従業員は彼一人しかいないらしい。後は、取引先や外注先や委託先。それ等と連携を取りながら、傑が一人で切り盛りしている。一人で全て上手くまわしながら学生もやってるなんて、やっぱり傑はやり手だ。
 従業員が自分一人しかいないのに器具のモニターをするアルバイトに高額なバイト代を出すというのだから、結構儲かっているのではないかとなかなかに下世話なことを考える。
「それで、俺は何すればいい? 健康器具のモニターだよな? よく考えたら、ほんとに俺でいいの? もっと健康に支障ありまくりなジジババの方がいいんじゃねえ?」
 悟は傑の向かいの四人くらい余裕で座れそうな長いソファの上で足を組み、膝の上に頬杖をついて、身も蓋もないことを訊いた。金が欲しくて結局来てしまったとはいえ、本当に自分でいいのかと確信が持てなかった。健康な人間が健康器具のモニターをしてもあまり役に立てないんじゃないかという気がしたのだ。
「ん? ああ、うん。そっちのアルバイトはもう間に合ってるんだ」
「へ?」
 素っ頓狂な声を出してしまった。間に合ってるんだったら、バイトは必要ないということにならないのか。
 傑はおもむろに身を傾けて、傍らの床の上に置いてあった段ボール箱を何やらごそごそと探り始めた。
「実は最近副業を始めたんだけど、これが結構軌道に乗ってて。そっちのモニターが必要なんだ」
「副業?」
「うん。こういうのを作ってるんだけど、悟には私が開発したこれを私の前で使ってみて、感想を聞かせて欲しいんだ」
 こういうの、と、傑が箱の中から取り出した物体を、やたら上機嫌ににこにこ笑いながらローテーブルの上に置いた。ごと、と鈍い音をさせて置かれたそれは、洒落た白いローテーブルに似つかわしくないどぎついピンク色をしている。表面がびっしりと細かい瘤のような物で覆われて、根元の辺りにある親指程の膨らみには柔らかなイソギンチャクのような突起が生え揃っている。先端近くが奇妙に括れて、括れの先はまた太くなる。まるでそれは、太い男性器を模しているかのような卑猥な形をしていた。
「……は? 何これ。使うって、……どうやって、」
 多分、聞かない方がいい。直感がそう告げるということは、これはろくでもない代物だ。その証拠に顔が強張っているのが分かる。反対に、傑は満面の笑みだ。笑顔は人に警戒心を薄れさせるというが、この状況だと逆に怪しい。不審でしかない。
「ああ、使ったことないなら、私も手伝うから大丈夫だよ。これはバイブ。お尻の穴に挿れて、電源を入れるとこうやって震えるから――」
 傑が身を乗り出して卑猥な物体を手に取って、手本を示すように、取っ手の部分についた小さな摘みをぱちんと弾いた。一拍遅れてヴヴヴ……と低く唸るようなモーター音が鈍く響いて、バイブが細かく震え始めた。目がそれに吸い寄せられたまま、ひくりと顔の筋肉が引き攣る。
 意味が分からない。しれっと何言い出すんだこいつは。これを、挿れるって? ケツに。どういうバイトなんだ。
「す、すぐる、何言って、」
「まあ、とりあえずやってみてよ。口で説明するよりも実践した方が」
「いやいやいやいや無理無理無理無理無理死ぬ! そもそも入る訳ねえし! 百パー無理!! つーか俺帰る! バイトも別んとこに――」
 す、とバイブを持ったまま傑が静かに立ち上がったので、身の危険を感じて悟も大慌てで立ち上がろうとした。が、ソファから尻を浮かせた瞬間にくらりと眩暈がして、すとんともう一度座り心地のよい柔らかなソファに尻をつけて座る羽目になった。顔が青褪める。立ち眩みなんてしたことがないのに、よりによってこんなタイミングでってどういうことだ。
「悟、急に動いちゃ駄目だよ。お薬が効いてきてるんだから、安静にしてないと」
「は……? くすり、って、」
 胡乱な目で傑を見上げる。テーブルを回り込んで悟の傍へと近付いて来ていた傑が、くすっと笑った。さっきまでの人のよさそうな笑みではない。明らかにこれは悪い笑みだ。
 ボーッとして頭が働かなくなって来る。これは傑が言う『お薬』が効いてきているのだろうか。そんなもの、いつ盛られたんだろう。
 コーヒー。ローテーブルの上のティーカップの中の茶色の液体に目が向く。そうだ。コーヒーだ。それ以外に思い当たる物がない。でも、そんなの気付く筈がない。親友が飲み物に薬を混ぜるだなんて、普通は疑いもしない。
「ごめんね。悟はきっとこんなバイト嫌がって逃げると思ったから、先に逃げられないように手を打たせて貰ったんだ」
「っや、やめ、」
 逃げなければと思うのに、身体を思うように動かせない。一旦ソファの端にスイッチを切ったバイブを置いた傑が悟の身体を押さえ込む。ぐいと肩を押された。あっけなく後ろに沈んでしまう自分の身体が信じられない。
「すぐる、」
「恐がらなくて大丈夫だよ、さとる。きっと逃げなくて良かったって思う筈だから」
「ちょ、っと待て何言って、――っおい!」
 ベルトを緩められて、ズボンの前を寛げられる。抗議の声を上げるのも当然無視されて、ズボンを下着ごと一気に膝の辺りまでずり下ろされてしまった。露わになる白い太腿と、その間の萎えたもの。傑の視線に無防備な下半身を晒す羽目になり、かあっと頬が熱くなった。
「や、やだ、」
「悟って、ここの毛も白いんだ? すごいね」
 感心したように傑が言って、つつ、と指先が萎えた白い性器をなぞる。ぞわぞわした。身を捩って逃げようとするが、薬を使われた身体では碌な抵抗が出来なかった。大人しく身を差し出しているだけのような状態で、傑の手に竿を包み込まれてひ、と喉の奥から恐怖に駆られたような声が漏れる。
「っす、ぐる、や、やめろって、ッあ♡待って、っああ♡」
 竿を、上下に扱かれる。強過ぎず、弱過ぎない絶妙の力加減で、傑の手が何度も往復する。弱い場所に直接与えられる快感に身体が素直に反応して、びくびくびく♡と腰が跳ねてソファの上で身が仰け反った。前がすぐに硬くなって、ピンクの亀頭が露出する。透明な先走り汁が先端に滲み始めた。
「や、やだ♡やだやだすぐる、ッあ゛ッ♡あ゛ッ♡」
「悟って全然異性に興味ないし、何処か浮世離れしてるところあるから、玩具見たことないのは想定の範囲内だったけど、流石にオナニーくらいはしたことあるみたいだね。ねえ、週にどのくらいしてる?」
「何、ッん゛っ♡あ、あう♡」
 恥ずかしい質問をさらっと投げ掛けられて、羞恥が募る。答えられる筈がない。
「先っぽの色、可愛いね。もしかしてそうじゃないかと思ってたけど、やっぱり童貞?」
 更に答えたくない質問を重ねながら、先端の小さな窪みで水溜りになった先走り汁を塗り込めるように指の腹をすりすりと這わされる。そこが燃えるみたいに熱い。くちゅくちゅと卑猥な水音が、余計に羞恥心を増幅させる。恥ずかしいし嫌なのに、気持ちいいことをされると先走り汁がどんどん溢れ出て、傑の指を汚しながら竿をたらたらと伝い落ちた。
「ひ♡やあ゛ッ♡も、離、あ゛ッ♡」
「ごめんごめん、私の個人的な興味で聞いてみただけだから。バイトと関係ない質問だったね」
 傑はさらりと世間話でもするような口調で謝りながら、悟の片足からズボンも下着も抜き取った。何で、親友にこんなことされているんだろう。混乱して、目に涙が滲んだ。泣くつもりなんかなかったのに。泣き顔を見られたくなくて、腕で目元を隠した。視界が暗闇に覆われた。
「悟、顔見せてよ」
 承諾しかねる要求を、首を横に振って突っぱねる。とはいえ、正体の分からない薬を盛られたのだ。傑が腕を掴んで引っ張れば、簡単に引っぺがされてしまうだろう。しかし傑はそうしなかった。その代わり、ぬるりと粘り気のある液体で濡れた指先が性器の下へと滑り込んで来て、尻の割れ目につつと這わされた。驚いた身体がビクッと跳ねる。
「っや♡何、っあ゛あ、あ゛ッ!?」
 思わず腕を顔の前からどかせた瞬間、ぬぷ♡と傑の濡れた指先が後ろの穴に差し込まれ、びくびくびく♡と身体がソファの上で跳ね上がった。
「こら、足閉じないの」
 勝手に閉じようとしていた膝を傑の手が掴み、ぐぱりと外側へ向かって広げる。恥ずかしい場所が、全部傑に丸見えだ。尻に指を突っ込まれるという有り得ない状況なのに勃ったままの性器も、傑の指の先を呑み込んでしまっている自身の尻の穴も、何もかも。当然そんな場所を今まで誰にも触られたことなどない。見られたことすらない。驚きやら困惑やらショックやら、色々綯い交ぜになってまた目尻に涙が浮いた。
「ッや゛♡あ゛ッ♡すぐる、あ゛ッ!」
「うーん、やっぱりきついな。まだ処女だもんねえ」
「んあ、あ゛ッ♡だめ、あ゛……っ♡」
 処女ってなんだよ。女じゃねえよ。という言葉を、口から紡ぐより先に口からは恥ずかしい声が漏れる。声を抑えられない。
 ぐ、と指が奥へと入る。異物の侵入を拒否するように中の肉が蠢くが、傑は丁寧に、だが容赦なく解した。具合を確かめるように指を何度か往復させながら、少しずつ深い場所に埋めていく。ぬちゅ♡ぐちゅ♡と自分の尻の穴から濡れた音がする強烈な違和感と、中で傑の指が動いている異物感に、ぞわぞわする。
 気持ち悪い。嫌だ。
 心は行為を拒否する。だが前はさっきから萎えもせず勃ったまま、時折たらりと先走り汁を垂らして切なげに震えている。身体と心の反応の乖離が、混乱に輪を掛けた。
「でも萎えてないね。意外と初めてでもいける?」
「あ゛……ッ♡」
 中の圧迫感が増す。指を増やされたらしい。二本の指が、ぬぷぬぷと身体の内側を出入りする。しかも、中の襞を指の腹が擦りながら。異物感と違和感とがピークなのに、下腹の辺りがぞわぞわする。指で穴をくぱりと拡げるようにされて、じっとそこに視線を注がれながら、「中、綺麗なピンクだね」だなんて言われて、恥ずかしくて死にそうだった。
「も、やだ……♡見んな、馬鹿ぁ……ッ!」
 傑に押さえ込まれたまま、精一杯身を捩る。指が更にもう一本入って来て、ぐちゅぐちゅと掻き混ぜられると、腰の奥で得体の知れない感覚が鈍く疼いた。その感覚の正体も分からないまま、後ろを指で犯されながら放置されていた前まで上下に扱かれて、甘く切ないような快感がじんじんと全身に伝播した。どぷりと溢れ出た先走り汁が傑の手を汚し、それを絡めて扱かれるとぐしゅぐしゅといやらしい音が響いた。
「ふあ゛♡あ゛っ、すぐ、る♡♡あ゛ッ♡だめ、」
「駄目じゃないよ、悟。後ろ、だんだん解れて来てる」
「そ、んなわけねえ、――っひいっ!?」
 ぬっぽ♡ぬっぽ♡と出し入れされていた指が、不意に腹の側に向かってくいと折り曲げられて、一カ所だけ硬くしこったように膨らんだ場所に触れた。途端、電気を流されたようにびりびりと身体が痺れて、ビクッ♡ビクッ♡と腰が浮く。
「あ゛っ♡♡♡や、やぇ゛♡らめ♡そこらめ゛♡♡♡」
 思わず反射的に傑の腕に縋り付いた。経験したことのないような、しかし紛れもない快感に襲われて、恐い。恐いからやめて欲しいのに、傑は薄らと笑みを浮かべて執拗にそこを刺激した。ぐりぐり♡こりこり♡と押し潰されて引っ掻かれて、腰がどろどろに蕩けてしまいそうだ。
「ひ♡やう♡やら♡♡♡そこやらぁ゛♡」
「この膨らんでこりこりしてるとこ、前立腺って言って、悟の気持ちいい場所だよ。覚えて」
 優しく子供に言い含めるみたいに、全く子供向けではないことを傑が囁く。そんな知識いらねえよとしか思えない内容を、悟に吹き込む。悟は訳が分からないような甘い愉悦に必死で抗おうと首をぷるぷると横に振った。
「お、覚えたく、ない゛♡あ゛ッ♡あん゛ッ♡だめ、らめ♡」
 ぐり♡ぐりゅっ♡ぐりゅっ♡♡♡しこ♡しこ♡しこ♡しこ♡
 しつこく前立腺を捏ねられ、性器を扱かれる。尻に指なんて突っ込まれて気持ちいい訳がない筈なのに、前も後ろも気持ちよくて逃げ場がない。前からの直接的な悦楽から逃れようと腰を引けば、後ろに傑の指がずぷりと埋まる。指から逃げようと腰を前に突き出せば、まるでもっととねだっているようだ。
 射精感が募り、頭の中が熱の解放への欲求だけで一杯に埋め尽くされた。イく♡と、射精することだけしか考えられない。
「すぐる、あ゛ッ♡も、イく♡♡イッちゃ、」
 ふるりと身が震える。甘く痺れるような愉悦が背筋を駆ける。どぷ♡と白濁が勢いよく零れ出て、どろどろの濃い精液が弧を描いて飛んで、滴る。傑の手にも、自分の腹にも掛かった。たらりと流れ落ちて、後孔と、そこに埋まっている傑の指までどろりと白く汚している。
「はひ♡あ゛っ♡あー……ッ♡」
 甘くて長く尾を引くような絶頂の余韻に腰を震わせ、汗まみれの身体がぐたりと弛緩する。まだ穴の中に埋まったままの傑の指を、後ろの粘膜が勝手にきゅんと収縮して締め付けた。積極的にそこで快感を拾おうとしているみたいに。そんな反応を示していることを認めたくないから、早く指を抜いてくれと思う。
「ごめんね、悟。後ろ解すだけのつもりだったんだけど、悟が可愛いからつい追い込んでしまったよ」
「は、え……?」
 射精の余韻で身体が気怠く、傑の言葉をよく理解出来ない。解すだけって、なんだ。だけということは、まだ何かあるのか。
 ずるんっと指が出ていく。それに追い縋るように、穴がひくん♡と痙攣した。まるで出て行って欲しくないみたいな反応だ。やっぱり、そんな反応をしているのが自分の身体だとは死んでも認めたくない。急に自分が自分ではなくなったみたいな気がして恐くなって、悟は慌てて身を起こそうとした。
 とにかく今すぐに逃げたかった。この場を離れて、――今日のことは悪い夢だと思いたい。いや、いっそ忘れたい。傑との関係をどうするかは、……まだ分からない。傑のことを嫌いになった訳ではない。いや多分好きなままだ。でもこんなことをされて、今まで通りの態度で傑と関われる自信がない。嫌でも意識してしまう。嫌でも、今でも。傑の方を見れない。頬が、身体が、熱い。心臓が、とても煩い。
「何処行くの、悟」
 起こそうとした身体を、また傑に押さえ込まれてしまう。ぼすっとソファの上に肩がぶつかって、傑と目が合う。傑は面白がるみたいに、ゆるりと口の端を吊り上げている。
「す、すぐる、俺もう帰りたい、」
「へえ? アルバイトしに来たのに?」
「っも、もう、バイトはいい。しない、」
「悟の頑張り次第では、給料もっと上げるけど?」
「う、」
 思わず一言発したきり動きを止める。現金な自分に呆れた。でも、元々高いバイト代を更に出すと言われると、やめると即決してしまうのは惜しい気がした。金に目が眩むとはこのことか。まさに金の亡者だ。
「ああでも、悟は別に、そんなにお金必要ないんだよね。じゃあ、やっぱりバイト辞める? 残念だな」
 眉尻を下げ、傑は本当に残念そうな声を出した。
 続けることを強制はしない。あくまで君の判断に任せるよと、こちらの意見を尊重するようなことを言う。
 金は、必要だ。だが親に仕送りを止められたから金が必要だなんて言えない。起業した努力家の親友の前で、そんな間抜けな台詞を吐くのは抵抗がある。
 馬鹿だ。つまらない意地とプライドの所為で、否定も肯定も出来ない癖に、この場を去るのも勿体ない。金を手にする機会を失うのが惜しいから。仕送りを止められたと、本当のことを暴露出来ない所為でドツボに嵌まっている。
 自業自得。因果応報。
 どうするのが正解か決めかねて固まっているうちに、傑が不意にローテーブルの方へすいと腕を伸ばした。見れば、テーブルの上にさっきまではなかった小瓶が置いてある。傑が小瓶を手に取って、いつの間にやらもう片方の手に持っていたさっきのどぎついピンク色をした物体に瓶の中身をぶちまけた。傑曰く、お尻の穴に突っ込むやつに。ピンク色の表面をびっしりと覆った突起が、ぬらぬらと濡れ光ってもはや不気味だ。薄気味の悪いオブジェみたいな物体からとろみのある透明な液体がたらりと垂れる。傑の指がぬるぬると濡れていたのはこの瓶の中身の所為かと今更理解する。
「逃げないなら、バイトするってことだと見なして、挿れるよ」
「っは!? いやちょっと待、おい!」
 身体を押さえ込まれたままで、さっきまで指が入っていた場所にバイブの先端がぬるりと触れる。ぞわっと肌が粟立った。恐怖に身が竦む、というか、そんな得体の知れない物を尻に挿れられるのは恐怖以外の何物でもない。恐過ぎる。
 口から飛び出しそうになる悲鳴を、必死で堪える。もはや恥もプライドもかなぐり捨てて叫べば見逃してもらえるのかも知れないと一瞬思うが、親友の前でそんな情けない姿を見せるのが嫌だ。また、つまらないプライドの所為でドツボに嵌まっている。この短時間で二回目だ。
「スイッチ切ったまま挿れるのと、震えてるの挿れるの、どっちがいい?」
「や♡どっちも無理、ひう♡やだ、」
「どっちか選んで、さとる」
 にこりと一見優しげに微笑んでいる癖に、有無を言わさぬ口調で傑が選べと迫る。ぐぷ♡と先っぽの部分だげ入り口に少し埋まってしまって、硬い機械の感触と冷たい液体の感触にビクンッと身体が跳ねた。
 何だ、その究極の二者択一は。どっちを選んでもどっちみち地獄だ。
 選べる訳がないしそもそも挿れるなと言いたいのに、選んでともう一度迫られて、咄嗟に痛みがマシそうな方を予想して選んでいた。
「き、切ったまま、――や゛ッ♡ああ、あ゛ッ!?♡」
 ぬぷんっ♡♡♡
 少しずつ挿れてくれると思っていたのに、傑は答えを聞くや否や一気に根元までバイブを挿入した。雁首を模した一番太い部分までも埋め込まれて、奥までをざりざり擦りながら異物が身体の奥へ入って来る。穴の中を、太いバイブがみっちりと埋め尽くしている。指とは質量も圧迫感も違う。
 未知の感覚に額から汗が噴き出て身体が仰け反る。思わず傑の腕をぎゅうと掴んだ手の平にも汗が滲んだ。
 痛い。痛い筈だ。こんなの挿れられて気持ちいい筈なんて――
「へえ? 悟、玩具初めてなのに気に入ったんだ?」
「は!? ち、ちがう、」
「でも勃ってるよ」
 ほら、と悪い笑みを浮かべた傑に指摘されながら、ふるりと勃ち上がった性器をぴんと爪先で弾かれる。軽く触れられただけだ。なのに、ビクンビクン♡と腰が跳ねて、性器の先からどぷっと透明な先走り汁が零れ落ちた。
「や゛っ♡あ゛ッ♡らめ、」
「思ったよりすぐ気持ちよくなっちゃったね? 可愛い」
 くすくすと笑われ、頬が熱くなる。可愛いって何だ。可愛くねえよ。という言葉を口に出す間もなく、傑の指先が機械に付いた小さなつまみをぱちんと弾いた。スイッチを、入れた音。それは地獄への扉が開かれる音と同義かも知れない。
 あ、と思った時には、体内に埋まった異物がぶるぶると震え始めていた。小刻みに震える玩具が粘膜を擦る。刺激になど全く慣れていない後ろの襞を、細かい突起に覆われた太いバイブにざりざりと擦り上げられる。訳が分からないような、痺れるような愉悦が背筋を駆けた。
「ひう!? やら゛ッ♡あ゛ッ♡♡らめ、あ゛っ♡♡♡」
 ビクッ♡ビクッ♡ビクッ♡
 腰が何度も跳ねて、性器が止めどなく先走り汁を零している。
 頭が真っ白で、目の前も真っ白だ。溶ける、全部。どろどろになる。まともなことを何も考えられない。思考も、理性も、感覚も、何もかも奪われ支配される。目の前の男に。想像以上の快感に混乱したままで、震える機械を緩んだ穴にぐぷぐぷと出し入れされて、脳天から足の爪先までを快感に染め上げられてしまう。
「すぐう、ッあ゛っ♡らめ♡あ゛ッ♡♡」
「だめ? どう見ても悦さそうだけど」
「よく、ない゛……っ♡ふあ、あ゛ッ♡」
 さっき指でも散々虐められた場所を、機械の亀頭部分がごつりと叩く。ふっくらと膨れ上がった場所をごつごつと何度も叩かれて、押し潰されて、カリを往復させて擦られる。突起に擦られ、捏ねられ、蹂躙される。容赦なく嬲られると信じられないくらい気持ちいい。腰から下がどろどろに蕩けてしまいそうだ。きゅん♡きゅん♡と穴がまるで悦ぶように収縮を繰り返して、性器の先からは透明な蜜がとろとろと零れて既に革のソファに水溜まりを作っている。
「だ、だめ゛ぇ♡♡♡やだぁ゛っ♡あ゛ーッ♡しゅぐう、」
 舌まで痺れて、じんじんする。口の中に涎が溜まって、口の端から溢れ出た。
「や、っあ♡♡も、そこやら゛♡しょこ、ぐりぐりしちゃやらあ゛ッ♡」
「どこのこと? 悟は賢いから覚えてるよね、さっき教えたとこ。言えるよね?」
 言わないと続けると匂わせるように、傑がごりゅ♡ごりゅっ♡と弱い場所ばかり的確に玩具のカリで虐めて来る。擦られる度先走り汁がびゅるりと飛んで、身に覚えのある感覚がビリッと腰に走った。
「あ゛っ、待ってイく、あ゛っ♡イきそ、すぐる♡だめ、……っぜ、前立腺、も、ぐりぐりしちゃらめえ゛っ♡♡♡」
「よく言えました」
 優しく頭を撫でられる。全然優しくないことをしている癖に。喜悦にも似た感覚が走り、ぞくぞくした。
 こんなのでイきたくないから仕方なくさっき傑に教わった名前を口にしたのに、傑は追い打ちを掛けるようにぐり♡ぐりゅ♡ごりゅっ♡♡♡と前立腺を擦り上げ、いくつもの小さな突起で敏感な襞をぐぷぐぷと押し潰した。甘く痺れるような、どろどろに蕩けるような、凄まじい快感が下腹から全身に伝播する。
「っだめ、イく……♡♡♡」
 腰の奥に鈍く痺れが走る。鈍痛にも似た重苦しいような快感がぐるぐると渦を巻いて、どろ、と濃い精液が流れ出た。とろとろと竿を伝いバイブが埋まっている穴にまで垂れて、ソファへと到達する。びゅるびゅると弧を描くような勢いがなく、零れ落ちるかのように精液が出る。じんじん痺れて、気持ちいい。恍惚感に脳を支配されて、目から勝手に涙が零れた。
「ん゛っ♡はあ、あ゛っ♡はあ゛……ッ♡」
「さとる、初めてなのにお尻だけでイけるなんて凄いよ。才能ある」
 傑の声は嬉しそうだ。何の才能だよ、とツッコミを入れたくても、喋る余裕がない。まだ時折精液を吐き出しながらがくがく痙攣し、口からは意味を為さないような恥ずかしい喘ぎが漏れ出るばかりだった。それより、いいからバイブの振動を止めて欲しい。イッたばかりで異様に感度の鋭くなった身体が、後孔をぐりゅぐりゅと擦られる度にビクン♡と痙攣を繰り返している。穴までひくひく震えて、呑み込んだバイブの味を身体に覚え込ませようとしているかのようだった。
「ん……ッ♡ふあ、あ゛……っ♡♡♡す、すぐる、」
「さとる、きっと優秀なモニターになれるよ。それに、悟ならこっちも気に入るかも知れない」
 バイブ止めろよと言いたいのに、傑は何やら上機嫌にハイテンションのまま、悟のシャツを胸元までぐいとたくし上げた。露わになる白い肌と胸板と、二つの小さな粒。別に、普段だったら親友に上半身を見られたくらいのことは気にならない筈だ。大学では体育だってあるから、更衣室で一緒に着替えたこともある。でも今は違う。一方的にやらしいことをされているこの状況で胸を見られて、あまつさえ指先をつつと小さな乳首に這わされて、ぞわぞわと得体の知れない感覚が身の内で燻る。
「すぐる、……っん♡や……ッ、」
 傑の両手に左右の乳首を摘ままれ、すりすりと親指と人差し指の指の腹に擦られる。そんなことをされても気持ちいい筈なんてないのに、えも言われぬ妖しい体感に身体が勝手にびくびくと震えた。そうするとまだ埋まったままでヴヴヴと細かく震えているバイブが敏感な場所を擦って、先程絶頂を迎えたばかりの身体がまたビクンと反応する。身体の中心に血が集まり始めて、ゆるゆると緩く勃ち上がる性器に、気付かない訳にはいかない。
「待って、すぐ、――ひう♡♡」
 かり、と爪で引っ掻かれ、甘い痺れが乳首に走った。やだ、と口走りながら身を捩れば、ごりっとバイブが中を擦る。びくびくびく♡と身体がソファの上で跳ね上がった。
「あ゛ッ♡」
「やっぱり、乳首も気持ちいいんだね」
「ひ♡ち、ちがう、ちょっと待、」
 確信犯の笑みで、傑が何処からともなく小さな丸い物体を取り出した。表面はつるりと無機質で、細いコードでリモコンのような物と繋がっている。
「ねえ、もっと気持ちよくなろうね」
 ボタン操作でヴヴ、と低い音と共に震え始めたそれを、傑が片側の乳首に近付ける。当然逃げる隙もなく、皮膚の薄くなった場所の、無防備な先端に押し当てられてしまう。機械の振動が小さな粒を刺激して、身体が跳ね上がった。初めての感覚に戸惑う。初めてだが、それは紛れもない快感だった。忽ち乳首が硬くしこっていく。剥き出しの神経を直接虐められるみたいな、鋭い快感。ビンビンに尖って、快感を得るのに夢中な発情乳首にいとも容易く仕上げられてしまう。
「ん゛ッ♡あ、あう♡らめ゛、ひッ♡あ゛ッ♡♡」
「さとる、これはピンクローターっていう玩具だよ。ぶるぶる震えて気持ちいいでしょ? こういう風に乳首とか、こっちの先っぽとかにも使う」
 またも要らぬ情報をまるで天気の話でもするかのように爽やかな笑みで喋りながら、傑が空いた手の指先を性器の先につつと這わせた。恐ろしい発言に目を見開き、悟は激しく首を横に振った。乳首だけでもおかしくなりそうなのに、性器にまで使われるなんて駄目だ。
「や、やう♡らめ゛♡しゅぐう、あ゛ッ♡♡♡」
「今はしないよ。乳首と、後ろの穴だけで女の子みたいにイけちゃうんだから、ちんこは気持ちよくならなくても平気でしょ?」
 どぷりと先走り汁を溢れさせる亀頭から、傑はすっと手を離した。
 一瞬、性器にも使って欲しかっただなんてどうかしているような考えが頭を過る。でも、傑に女の子扱いされるときゅん♡と後ろが玩具を締め付ける。思考も身体の反応も意味が分からない。分からないから暴走する思考を必死で振り払い、涙目で傑を睨み付けた。
「う、あ゛ッ♡♡♡誰が、おんなの、こ、あひ♡あん゛ッ♡」
「はは。あん、だって。ほんとに女の子みたい。かわいー」
「う、るさい……! うう、」
「乳首も赤くなってこりこりで、可愛いね」
「かわいく、ねえ、ッあ゛♡ああ♡♡ひ、あっ♡♡」
 ぐり、と震えるローターで乳首を押し潰され、ぐりゅぐりゅと捏ねられる。乳首がじんじん痺れて、気持ちいい。後ろのバイブまでぐぷぐぷと出し入れされて、頭が変になりそうだった。
「も、らめぇ゛っ♡はあ゛ッ、や♡♡あ♡♡らめ♡♡♡しゅぐりゅ、」
 襞がバイブに絡みつくようにうねって、さっき虐められた気持ちいい場所に玩具が当たるように腰が動く。傑はわざとその場所を避けるように、ぬぽぬぽと単調な動きを繰り返した。
 何で、と目に涙の膜が張る。何でさっきまでみたいに虐めてくれないのか。見上げた先の傑は薄く笑みを浮かべている。はく、と口を開くが、前立腺虐めてなんて、言えない。
「……、」
「どうしたの、さとる」
「な、なんでも、な、」
 目を逸らそうとする。その動きを読んでいたみたいに、傑が素早く顎を掴んだ。目を覗き込まれて、その黒い目の前に弱い部分を全部曝け出しているかのように錯覚する。隠そうとしても、暴かれる。隠すこと事態が無意味だ。ぞくぞくした。
「言いなよ。悟が素直に思ってること言ったら、バイト代増やしてあげる」
「っ……あ……、」
 金で釣るなんて、最悪だ。金がないから、釣られるしか選択の余地がない。言う、以外に行動を選べない。さいあくだ。金がないのを見透かされているのだろうか。それは、本当に最低の最悪だ。足元を見られている。
「……ぜ、前立腺……、こひゅられるとおかしくなりそうなとこ、バイブで、いっぱいごりごりして……♡」
「うん。いい子」
 羞恥で死にそうだった。また、優しく頭を撫でられた。頭なんて、弱点でも何でもない筈だ。なのに頭が性感帯になったみたいに、傑の大きな手の平が触れるとぞくぞくする。体温が高くなる。心臓の音が煩くなる。それを傑にバレたくない。
 ごりゅ♡と硬くしこった前立腺をバイブに擦られ、バイブの表面を覆った突起に押し潰される。待ち侘びていた刺激に身体が悦び、びくびくと跳ねた。お預けを食らっていた犬が餌に飛び付くみたいに、粘膜がバイブに絡み付く。浅ましく快感を拾って、淫らに腰が揺れる。
「あ゛ッ♡うあ、あ゛ッ♡ごりごり、きもちい♡♡」
 思わず素直に気持ちいいと口に出していた。声に出すと感度が増すのは気の所為だろうか。気持ちよくて、蕩けた顔で喘ぎながらどぷどぷと先走り汁を零す。熱が、腰の奥から解放を求めて競り上がって来る。
「うん。もっと詳細にモニターして」
「ひ♡あッ♡♡♡ぜ、前立腺、いぼいぼでいっぱいこひゅられて♡あ゛っ、も、イく、イッひゃう♡しゅぐりゅ♡♡♡」
 求められるままに実況してしまうのは、そうすると気持ちいいと早くも覚えてしまったからなのか。いや、違う。モニターすれば金を貰える。金の為に仕方なくやっているだけだ。そうやって必死で自分に言い訳しておかないと、この現状はあまりにも受け入れ難過ぎて発狂してしまいそうだ。
「も、でちゃう♡あ゛ッ♡」
 ぐ、と腰を前に突き出して、イく、と思った瞬間にはびゅ♡びゅびゅびゅ♡♡♡と白濁が飛び散っていた。きもちいい、しか考えられなくて、ぐたりと弛緩して息を荒げる。と、不意に中で蠢く機械の振動が強くなり、震え方が変わった。ビクッ♡と絶頂したばかりの身体が跳ねる。
「や゛っ♡何、あ゛ッ!?」
 ヴインヴイン、と不気味な音をさせながら、バイブのカリより上の部分が回転し、ごりごりと肉を抉り取るような動きをする。凶器に容赦なく前立腺を嬲られて、達したばかりでくたりと萎える間もなく性器がまた勃起した。
「あ゛ーっ!? やら゛♡♡♡待って、それぇ゛♡ら゛め、」
「このバイブにはスイング機能が付いてるんだ。中で亀頭部分が回転して、悟の気持ちいい場所をいっぱい擦ってくれる。どう? 気に入った?」
「気に、入るわけ、や゛ッ、あ、あ゛っ♡だ、だめ♡ふああ゛ッ!」
 頼まれてもいないのに余計な解説をしながら、傑が回転する玩具をずぷずぷと穴に抜き差しする。張り出したカリが回転しながら襞を何度も擦って出入りするだけでも死にそうなのに、前立腺よりも更に奥までねじ込まれ、びゅっ♡♡♡と勢いよく先走り汁が飛び散った。
「お、おく、らめぇ゛っ♡あぁあ゛っ♡」
「ほらさとる、モニターして。何処がどう気持ちいいか、私に教えて」
「も、だま、れ、あ゛っ、んッ♡あ、あ゛ッ♡♡♡」
「さとる、」
 気持ちよくないと突っぱねたいのに気持ちいいとバレてる。それにその声は駄目だ。その声で名前を呼ぶのは反則だ。抗えない。従ってしまう。
 ず♡ぬぷ♡ずぷっ♡ずぷっ♡ぬぷっ♡
 奥へ、玩具が出入りする。誰にも侵入を許したことなどない場所を、無機質な機械に犯されている。カリの張り出した部分が内壁に引っ掛かるのが信じられないくらい気持ちいい。時折ぐりっと強く前立腺を擦られるのも、突起で押し潰されるのも、回転しながらごりごり抉られるのも、全部全部きもちいい。
「あ゛……ッ♡お、奥、ごりごりってこひゅられて♡う♡あ゛ッ♡いぼいぼが当たるの、も、きもちい、」
「こんな風に?」
 ごりゅっ♡と鈍い音をさせながら、玩具の亀頭が深い場所にぶつけられる。頭を叩き割られるみたいな衝撃が来て、訳も分からないうちにまたびゅるりと精液が飛んだ。少し色も粘度も薄くなって、水っぽい。
「あ゛ーッっ!? や゛♡あ♡あ゛ッ♡♡♡らめ、」
「乳首は? 気持ちいい?」
 ぐりゅっ♡ぐりゅっ♡♡とローターでびんびんに尖った乳首を押し潰されて、イッている最中の身体が新たな快感を拾ってビクンビクン♡と痙攣する。あまりにも強い官能が恐くて、反射的に傑にしがみつきながら必死で首を横に振る。しかし口をついて出たのは、やめろでも離せでもなく、蕩けたような頭が悪い台詞だった。
「き、きもちい♡♡ちくび、ぶるぶるして、あ゛ッ♡じんじんすりゅ♡ひいん゛ッ♡♡♡からだあつい♡」
「そう。素直でいい子だね」
 ぐぷぐぷと奥まった場所を犯していたバイブがずるっと中で移動して、また硬くしこった前立腺をごつごつと抉られる。削り取られるみたいだ。削られる場所が火傷したみたいに熱くて、痺れて、爛れて、気持ちいいのがずっと続く。恐い。ぷるぷる震える白い性器の先から、殆ど透明に近い体液がとろりとろりと止めどなく零れ落ちていく。
「ひ♡あ、あんッ♡ぜ、ぜんりつしぇん♡あつくて、あ♡うあ、またイッひゃう♡♡♡」
 もはやちゃんと簡潔な言葉でモニターなど出来る状態ではなく、言葉がだんだん支離滅裂になっていく。もうイきたくない。連続でイかされて身体が悲鳴を上げている。でも気持ちいいのがずっと止まらなくて、乳首も前立腺もちんこも全部きもちよくて、頭の中も蕩ける。ヤバい出る、とぶるりと身体が震えて、性器の先から透明な液体がびゅーーーーー♡♡♡と吹き零れた。
「あ♡や、やら♡何これ、っひあ、あ゛ッ♡」
 びゅっ♡びゅっ♡びゅっ♡と断続的に飛んで、止まらない。身体も馬鹿になったみたいに痙攣を繰り返している。傑にしがみつくだけでは恐怖から解放されなくて、傑の首に腕を回してぎゅうと引き寄せた。
「すぐる♡すぐるやだ♡とまんない♡や゛……ッ♡」
「大丈夫だよ、さとる。私がいるから」
 屈んだ傑の声と体温と匂いに少し安堵する。抱き締め返されて、安堵の度合いが大きくなった。身を任せるように目を閉じて、悟はそのまま意識を失った。


 これバイト代だよと渡された封筒の中には、なかなかの枚数の紙幣が入っていそうだった。中身を確かめたい衝動に駆られるが、親友の前でそんなみっともない真似は出来ないと辛うじて踏み止まる。――いや、親友、を続けられるのだろうか。これから、傑に出会う度に今日のことを思い出してしまいそうだ。
 さっきと同じ正面のソファに座った傑は、服を着替えていること以外に何の変化もない。冷徹で切れ長の目で手元のタブレットを見て操作しながら、その表情から感情を読み取ることは不可能。こちらは傑が近くにいるだけでドキドキしているのに。
「……なあ、このバイト、」
「え? ああ、次の予定かい? うーんそうだなあ。また新しい試作品が出来たら悟に連絡するってことでいい?」
 何を考えているのか分からないポーカーフェイスでタブレットを操作していた傑が顔を上げて、爽やかにそう提案した。
「……」
 このバイト、やっぱり俺には無理だと思うんだけど。という言葉を、言おうとした筈なのに言えずに口籠もった。
 何でなんだろう。言えばいい。言って、二度とここへは来ないようにすればいい。あんな恥ずかしいのはもう絶対嫌なんじゃないのか。その自問に対して答えはイエスだとはっきりしているのに、もう来ないというたったの五文字を口に出せない。
 ――バイト代が欲しいから。
 そう、自分に言い訳する。金が必要だから、仕方なく傑の会社にモニターとして協力してやっているだけだ。互いに利害は一致する。金、以外の目的なんて悟にはない。金以外の……
 後ろにさっきまで埋まっていた玩具の感触、乳首を玩具で蹂躙されるあの感覚、頭を撫でる傑の手の平。
 色々一気に脳内に蘇って来て、ぶわ、と頬が真っ赤に染まった。
「仕方ねえな。オマエには俺が必要みたいだし、モニターが必要になったらまた連絡しろよ」
 顔が赤いのを誤魔化すように不遜に言って、立ち上がろうとした。腰が抜けていて立てなかった。
 車で送るよと傑がにこやかに言って腰を上げる。必要ねえよ変態前髪と突っぱねて事務所を出て行きたいのに、立てないのでそれは出来ない。
 金の為に仕方なくこのバイトを続けるだけだ。理由なんてそれ以外にない。玩具使われるのが気持ちいいだとか、――自分以外に傑が玩具を使うのを想像すると嫌悪感が生まれるだとか、そんな理由は、一切ない。
 いくら自分に言い聞かせても、傑の顔は、しばらく見れそうにない。