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 夕暮れ時の生温い風がハーフアップにした髪を揺らした。もう、夕方になってもそこまで気温は下がらない。日が落ちるのも以前より遅くなった。湿気を含んだ六月の風が肌にべたりと纏わり付くようで不快だ。
「すーぐーるーくん」
 呪術高専の広大な敷地から出ようとして、背後から名前を妙に間延びさせて呼び掛けられた。何か含みのある呼び方に、嫌な予感を覚えつつ振り向く。こういう時、声の主は大抵傑にとっては喜ばしくないことを言う。警戒の色を滲ませながら振り向いた先に、よく知る親友がいた。
 長身で、傑とは対照的な白い髪。サングラスに隠された六眼と呼ばれる特殊な目は透明感のある青で、肌は白い。恐ろしく整った顔は、大勢の中にいても一際目を引く。多分、この男は綺麗過ぎて人込みに紛れるということが出来ないんじゃないかと思う。その特殊な容貌と繊細な美貌が注目を集めてしまう。そして人を魅了する。ただし、中身の方は見た目同様に良いとは到底言い難い。
 身長が同じくらいであるということを除けば、傑とは何一つ共通する要素がない。性格も考え方も全く違う所為で頻繁に喧嘩する。それでも、傑はこの親友のことを大事に思っていた。得難い友だ。だから彼に知られたくない秘密を最近詮索されていることに、少し困っていた。
「今日もどっか行くのか? 俺に黙っていつも夜に何処行ってんだよ?」
 悟が不満げな顔をしてこちらに近付いて来る。ポケットに両手を突っ込んで、わざと下から傑の顔を覗き込むのはどう見ても柄が悪い。なのに拗ねている大きな子供みたいでちぐはぐだ。
「ごめんね。用があって」
「俺に構うよりも大事な用かよ」
 構え、とでかでかと書かれているみたいな顔だ。傑は苦笑した。
「悟に構うのも大事な用だけど……また今度ね」
「待てよ」
 悟に背を向けて高専から出ようとすると、ぐっと肩を掴まれた。思いの外強い力だったので驚く。振り返れば、悟は薄暗くなり始めた景色を背景に、にやにやと笑っている。あ、これは面倒なことになる、と嫌な予感が確信に変わった。悟がこういう顔をするのは、傑にとってよくないことが起こる時だ。
「俺さあ、見ちゃったんだよねえ、傑くんの性癖」
「……」
 ほら、と悟が携帯電話の画面を傑の顔の前に差し出した。覗き込む。画面には小さく自分の姿が映っていた。都内に数えきれないくらいあるラブホテルの一つに、華奢な体型の男と共に入ろうとしている自分の姿が。
「……」
「傑って優等生ヅラしてっけどヤることヤッてんだなー。しかも男と。オマエにそんな趣味があったなんて思わなかったわ」
 そっちこそ、尾行と隠し撮りなんて趣味が悪い。と非難するような目を無意識に悟に向けるが、悟は堪えた様子はない。傑の秘密を暴いたことに嬉々としているのを隠そうともせず、携帯電話を操作して別の写真を傑に見せる。別の男と別のホテルに入ろうとしている写真だ。更にもう一枚、今度も一枚目とも二枚目とも別の男と映っている。何日も続けて後をつけられていたらしい。
 なあ、これ全部セフレってやつ? オマエが突っ込む側なの? それともちんこ挿れられる側? 突っ込む側だったらオマエのちんこでかそうだし、ヤられる方痛そうじゃね? でもこんなほっそい野郎にヤられてるオマエも想像出来ねえなあ。なあ、どっち?
 上品で綺麗な顔の男の口からは、次々と下品で下世話な質問が飛び出す。そのギャップには今更驚かないが、ただ好奇心だけで訊いているような質問には答える気がない。傑は小さく溜息を吐いた。
「先生にでも言い付ける? 私が同性と不純な行為をしてるって」
 チクられたらもう続けられないなと思うが、まあいい。別に、どうしても続けたい訳じゃない。悟が言うように、ただの身体だけの関係の相手ばかりだ。それにいつかはバレるだろうとも思っていた。だが悟は目をぱちくりさせた。告げ口するという発想が全くなかったみたいに。
「へ? 何それ。そんなことしねえよ」
「じゃあ、気持ち悪いから親友やめる?」
「……そんなことしねえよ」
 悟がムッとしたように言った。
 言いふらすつもりもなく、傑の行動に引いているという訳でもない。なら、この件は見なかったことにして黙っていてくれればいいのに。
「だったら、私がどういう趣味だろうとほっといてくれるかな」
 悟の真意が読めず、つい突き放すような口調になってしまった。言い過ぎたかと思うが、このくらいのことは言っていい筈だと思い直した。誰にだって、秘密くらいあるだろう。それを暴かれるのは、たとえ相手が親友でもいい気はしない。
「……俺で間に合わせろよ」
「え?」
 ぼそっと喋った悟の言葉がよく聞き取れなくて訊き返した。日が完全に落ちて、徐々に暗くなる。じきにここはとぷりとした闇に覆われるだろう。東京とは信じられない程の僻地には、都会のけばけばしいネオンサインなんて存在しない。
「俺の、」
 悟は今度はさっきよりもはっきりした声を出した。サングラスを外して真っ直ぐに傑を見る。挑発するように唇の端を持ち上げて、にい、と不敵に笑う。ぬるい風が悟の白い髪を揺らした。
「俺の身体好きなようにしろよ。わざわざ高専の外で男と会うなんて効率悪いじゃん。金も掛かるし。性欲吐き出したいだけなら、俺で済ませば手っ取り早いだろ」
「……は、」
 耳を疑った。思考が停止して何も考えられなくなるが、一拍遅れて何で、と思った。
 何でそんな、自分を安売りするようなことを言うのか。悟と寝るだなんて、考えたことはない。悟は大事な親友だから。そんな風に、自分の身勝手な欲望を吐き出していい相手だとは微塵も思っていない。それが悟には伝わっていなかったらしいということに怒りが沸く。その怒りを押し殺して、冷静な声を出そうと努める。
「私がそんなことする訳がないだろ」
「何で? 俺のこと嫌い? 俺は傑がどっちやりたいって言っても合わせるけど」
 ほら、俺って器用だから。突っ込む方でも突っ込まれる方でも、傑は好きな方選んでいいよ。
 小首を傾げ、悟が着ている薄いTシャツの胸元を引っ張る。白い肌と胸をわざと見せ付けるように。見てはいけないと思うのに、目が吸い寄せられる。駄目だ、と傑は悟から即座に目を逸らした。
「――好きだから、絶対しない」
「え? すぐ、――あっ、おい!」
 早足に高専から出る。追いかけて来られたらどうしよう、いっそ呪霊を呼び出して乗るか、と考えていたが、悟は追っては来なかった。背中に悟の視線を感じながら、すっかり夜の帳が降りた田舎道を、都会へと繋がる唯一の駅へと歩を進めた。
 さっき見た、好きと言った時の悟の顔が脳裏に浮かぶ。驚いたような色を浮かべて、……嬉しそうに見えたのは流石に思い込みだろう。
 ざまあみろと満足した。予想もしないことを言って裏を掻いてやった。好きの意味を、延々と悩み続ければいいと思った。完全な子供じみた仕返しだ。
 悟と、あの名前もろくに覚えていないような男達としている行為をする。想像したこともない。考えるだけでも恐ろしかった。
 悟は綺麗だから。見た目の話ではない。中身が最低だのクズだの硝子からは散々言われているが、傑は悟のことを綺麗だと思っている。擦れたようなことを平然と言う割に、後ろ暗いことが何一つない。隠れて複数の男と後ろ暗い遊びをしている傑とは違う。そんな彼を汚してはいけないと思う。汚すなんて――
 悟を組み敷いて、犯す。今までに聞いたこともない甘い声で喘ぎ、すぐる、と呼んで傑の方へ腕を伸ばす。六眼が涙で濡れて、綺麗だ。すぐる、すき、と舌足らずな声が言う。何度も。
 慌ててその妄想を振り払った。悟が変なことを言う所為で、変なことを考えてしまった。
 ないな、と思う。悟は、ない。
 悟に言った通り彼のことは好きだ。可愛いとは思う。表情がくるくる変わるのも、自分にしか見せない顔があるのも、時々子供みたいで手が掛かることも。だがそういう意味での好きではない。彼は、今までも、これからも、大事な親友だ。


 カチカチカチカチ、と耳障りな音がする。カチカチカチ。何度も苛立ったようにシャープペンシルのノックボタンを押す所為で、シャーペンの芯が物凄い勢いで伸びている。
「くっそ」
 苛立ったまま長い芯を報告書にぶつけた。芯はあっけなく折れる。ポキン。芯のご臨終と共に心も折れた。真っ白な報告書の上に上半身を預けてぐでーっと伸び、大きな溜息を吐いた。
 昨日の任務に関する報告書を明日までに仕上げなければならないのに、まだ一文字も書いていない。書かなければ、と机に向かってみたものの、全く別のことばかり考えてしまって結局全然進んでいない。苛立ちばかりが募って、体内に滓のように蓄積されていく。
 ムカつくな、と胸中で呟く。何がムカつくのかは、はっきりとは分からない。傑がムカつくのだろうか。傑とホテルに入って行く、見知らぬ男達がムカつくのだろうか。どっちもかも知れない。
 つまり、悟は傑からはあの男達よりも劣ると思われている、という訳だ。さっき、俺で間に合わせろと冗談めかして言ったのをはっきり拒否されたのがその証拠だ。しかも、好きだから絶対しないなんてふざけたことまで言われた。
 ふざけんな。好きだったらしろ。好きな子には手を出さない、なんて純情な童貞かよ。それか修行僧。坊さん。もしくはインポ。それか、短小の包茎で自信がない。傑に言ったら殺されそうだ。
 いや、好きだからというのは嘘だ。自分が逃げる隙を作る為に言っただけの、適当な言葉だ。その嘘で傑の目論見通りに隙を作ってしまった自分にもムカつく。
「……俺はすきなのに、」
 吐き出した言葉は虚しく中空に響いて消えた。
 俺で間に合わせろというのは半分本気だ。いや結構本気かも知れない。器用だからどっちでも出来るというのは、口から出任せだったが。どっちの経験もない。ない癖に、あるようなことを言った。ガキだと思われるのが嫌だったから。
 悟は、傑が好きだ。今まで恋愛をしたことがないのでこれがどういう種類の好きか分からなかったのだが、傑が最近放課後になると高専から姿を消してしまうことが寂しかった。理由を訊いても教えてくれないので気になった。だから後をつけた。そうしたら、知らない男と『そういうこと』をする場所に消えるのを目撃した。
 始めは恋人なのかと思った。ショックだった。あれは恋人なのかと訊こうと思って、尾行したとバレるのが嫌で訊けなかった。だから何回か後をつけた。すると、傑が一人の男とだけ関係を持っている訳ではないということが判明した。セックスフレンド、というやつだろうか。この前コンビニで立ち読みした雑誌に書いてあった。
 もやもやした。傑は男をそういう対象として見ているのに、その『男』の中に自分が含まれていないことに。悟は全く好みではない、とはっきり言われた気分になった。圏外、というわけだ。本当に好みではないのか確かめる為に、傑を試すようなことを言った。結果はあの通り、惨敗だった。
 傑には全くその気がない。でも悟は傑を試す前よりも、もっとずっともやもやしている。そのもやもやの正体が恋なのだと、嫉妬なのだと、よりはっきり自覚してしまった。
 意味がない。この恋は、実らない。なのに、今頃傑はまた自分の知らない男とホテルだろうかとか、セックスの時傑はどんな顔するんだろうとか考えている。意味がないのに。セックスなんかしたことがないから、想像しようとしても上手く出来ない。傑の前ではあんなことを言ったが、実際に傑とすることになったりしたら、どうすればいいのか分からない。
 傑は既に俺がしたことのないことを経験済みだ。しかも俺を選ばなかった。
 置いて行かれるみたいで、嫌だった。


 何日間かが何事もなく過ぎた。
 授業の日も任務の日もあった。治癒が専門の硝子とは任務で一緒になることはなかったが、傑とはよく同じ任務に出向いた。悟はこの前の件について触れなかった。傑も自分からわざわざ話題にするつもりはないようで、あれから話題に上ることはなかった。
 放課後になっても傑が高専から出て行くことはなくなったので、てっきり男遊びはもうやめたのかと思った。嬉しいと、内心で喜んでいることには気付かないふりをする。
「なあー後で傑の部屋行っていい?」
 今日の授業が全て終わり、二人とも任務もなかったのでこの後は自由時間となる。悟は鞄に荷物を纏めている傑に声を掛けた。
 傑が夜な夜な男遊びを始めるまでは、毎日のように傑の部屋に入り浸っていた。最近夜になっても傑が高専内にいると知ってはいたが、あの後何となく部屋に行きづらくなっていた。何となく、拒絶されるのが恐かった。どんな恐ろしい呪霊を祓うよりも、親友に拒絶される方が遥かに恐い。だが、夜も部屋にいるのなら遊びに行っても問題ない筈だ。何より傑の部屋に行かないと、一人では自分で好きなように使える時間をどう過ごせばいいのか分からない。
 傑はちらりと悟に視線を投げる。自分の青くて丸い目と違って、傑の目は黒くて切れ長だ。自分が持ち得ない要素を持った彼の目が、悟は好きだ。
「ごめん。今日は人と会う約束があるんだ」
 誰、とまで言わない歯切れの悪さに、悟にはすぐにピンと来るものがあった。
「また男と会うのかよ?」
「まあ、そんなところ。じゃあ、また明日」
 鞄に荷物を詰め終わり、傑が教室から出て行こうとする。廊下に傑の長身が出る寸前、悟は傑の腕を掴んで引き止めた。
「前も言ったけどさー、俺にしろよ」
 傑をこの場に足止めしたくて、咄嗟に言うつもりのなかったことを言った。どうやら傑にはこの提案は地雷らしく、じろりと睨まれてしまう。
「悟を傷付けるようなことはしないよ」
 また、それらしいことを言って拒否する。
 何だよ、傷付けるって。俺じゃない奴を選ぶ方がよっぽど傷付くわ。
 自分の機嫌もどんどん悪くなっていくのを感じる。不機嫌さを相手に悟られないように、薄く笑みを浮かべた。へらりと、軽薄な笑みを。わざと傑の神経を逆撫でしそうな表情を作る。そっと傑の首筋に手を添える。生温い湿気を含んだ空気に一日中晒され少し汗ばんだ肌が、指先にその温度を伝える。傑がギョッとしたように慌てて身を引こうとする。痛快だった。傑の驚いた顔を見るのは。いつものポーカーフェイスが崩れて、余裕がなくなる様を見るのは。
「っさとる、」
「傷付くかどうか、今ここで試せよ」
「何言って、」
「そしたらさ、オマエが俺でも勃つかどうかも試せて、一石二鳥じゃん」
 挑発するような笑みを浮かべたまま、傑に顔を近付ける。獲物を品定めするように目を細めて、唇の間から赤い舌を覗かせる。傑の匂いが、ふわりと鼻腔を掠めた。
 ドキドキした。傑とこんなに近付いたことは今までにない。内心は、言葉ほどには冷静じゃない。というか一切余裕がない。多分、傑よりも自分の方が動揺している。こんなに近くにいたら心臓の音で自分が緊張していることがバレてしまうんじゃないかというくらい。だから、傑が怒って悟を引き剥がしてくれればそれでよかった。そうしたら笑って、冗談だよバーカなんて言って、寮でらしくもなく失恋の痛みに泣く。
 そうなる予定だったのに、傑が悟の肩をそっと掴んで、――がたん、と大きな音がしたかと思えば、背中に痛みが走った。いてえ、と顔をしかめながら、壁に背を押し付けられたと知る。何すんだよと抗議の声を上げようとして開けた口を、傑の口に塞がれた。
 あ、唇、意外と柔らかい。だなんて思っている間に、思考がそのまま停止した。それ以上のことを何も考えられない脳も、動かない身体も、まるで電源を落とされたロボットみたいだ。
 傑の舌が、ぬるりと濡れた感触と共に口の中に入って来る。訳が分からないのに抵抗出来ない。舌を絡め取られて舌の粘膜同士を擦り合わされれば、口の中からくちゅ♡と濡れた音がした。
「ッん……!?」
 くぐもったような声か吐息か、或いは両方混じり合ったものが、鼻から漏れる。ざりざりと濡れた舌同士が口の中で擦れて、どんどん体温が上昇した。舌先に上顎のあたりをつつかれ、なぞられ、歯の形を確かめるみたいに舌が這う。息が出来ない。頭がボーッとして、目に涙が浮いた。傑と間近で目が合っているのが恥ずかしくてぎゅうと目を閉じると、涙が押し出されるみたいに頬を伝った。
「は、……っん、んッん♡」
 何も考えられない筈なのに、きもちいい、とぼんやり思う。傑の舌が自分の口の中を好き勝手貪るのが、きもちいい。身体の奥底から何か得体の知れないものが沸き上がって来るような。
 もっととねだるみたいに従順に口を大きく開いて舌を出す。意図を汲んだみたいに傑が舌に軽く歯を立てる。微かな痛みと共に、ぞくぞくぞくっ♡と身体に電気を流されたように痺れが走った。
「ん、っあ、ぐ……♡」
 身体から力が抜けてその場に座り込んでしまいそうになる。傑の手に腰を掴まれて阻止される。立っていろとでもいうように両足の間に膝を差し込まれて、ちゅ♡ぬちゅ♡とひたすら口内を蹂躙される。唾液が溢れ出て顎を伝った。どっちのものなのか、もはや分からない。口の中で混ざり合って、一つの雫になった唾液。自分と傑が一つになったみたいで頭の奥が痺れた。
「ふあ、あ゛……っ♡う、あ……ッ、」
 どのくらいの間そうしていたのか、数秒だったのかも数分だったのかも分からないが、やっとキスから解放された頃には悟は息も絶え絶えになっていた。くたりと壁に身を寄せて、はー♡はー♡と荒く息を繰り返す。全力疾走した後みたいに息が切れていた。こんなキスを今まで誰ともしたことがない。というか、キス自体したことがない。初めてのことに混乱して、何で、という疑問ばかり頭の中でひたすらぐるぐる巡っている。
「すぐる、……何で、」
「何でって、悟が試せって言ったんだろ」
 傑は口の端についた唾液を舌先でぺろりと拭いながら至極冷静な声で言った。悟と違って息は全く乱れていないし、顔を茹蛸みたいに赤面させている悟と違って普段通りのポーカーフェイスだ。自分だけが不慣れで恥ずかしい。悟は傑から目を逸らした。
「い、言った、けど……っ、」
「ごめんね、悟。許してくれるかい」
「う、」
 頬を撫でられ、ビクリと身を竦ませた。赤い顔のまま、傑を見た。ごめんってどういう意味だよと、訊き返したくてもまだ頭がボーッとしたままだ。
「悟と親友でいられなくなるのは、私は嫌だ」
「――は、」
 冷水を浴びせられたような気分だった。さっきまであんなに熱かった身体が、すっと冷えていく。傑は悟の熱い頬から手を離すと、屈めていた身体を起こした。悟の頭はずるずると壁伝いにずり落ちて、傑の背よりも低い位置にあったのだ。傑がにこりといつもの胡散臭い笑みを顔に貼り付けて、教室のドアに手を掛ける。
「じゃあ、私はこれから出掛けるから」
 ドアが閉まる音が、一人きりの教室に虚しく響いた。
 試した結果、ナシだと思われたらしかった。こっちは試した結果、一層アリだと思ったのに。その先まで期待してしまったのに。
「……クソ」
 ずる、と壁に背を預けたまま座り込む。髪をぐしゃりと搔き乱すと、抜け落ちてしまった特徴的な白い髪が一本、黒い制服のズボンの上に落ちた。
 親友でいられなくなるのは嫌って、俺はもうとっくにいられなくなってる。だってあんなキスされたら、……あんな、ワケ分かんなくなってふわふわするキスなんて……。最悪だ。優等生の仮面被って、俺を弄びやがって。……弄ばれるのが嬉しいなんて思っちまうだろ。
 傑が好きだ。でも、傑の中での一番は、悟ではない。傑の一番になりたい。どうにかして。だが向こうは手練れで、こちらは恋愛経験が全くない。恋の駆け引きなんて全く分からない。ラスボスにレベル1のまま挑むみたいなものだ。
「……どうすりゃいい」
 その無駄に速く回転する頭を、今こそフルに使う時だ。


 更に何日間かが何事もなく過ぎた。あんな激しいキスをした後でも傑が平然としているので、傑にとっては何でもないことらしかった。悟は平静を装うので精一杯だった。いや、ひょっとしたら装えていなくて挙動不審だったかも知れないが。
 季節はすっかり梅雨で、ここ数日の間はずっと雨が降っている。雨が降ったら涼しくなるかといえばそうではなく、梅雨特有のじめじめした空気が高専内にも蔓延していた。暑くて、怠い。無下限で雨を弾くことが出来ても気分が重くなる。梅雨は嫌いだ。
 もう私の部屋に来ないの、と傑が訊いて、行っていいのと問えば、悟が来てくれないから寂しいよと言われた。じゃあ行くと答えてしまった。単純な奴だと自分に呆れる。そうやって、期待させるようなことを言って、『親友』の枠から外れたことはする気もない癖に。傑はとんでもないタラシだ。だが、そのタラシに寂しいと言われて簡単に相手の部屋に行ってしまう自分も大概だ。
 ――とはいえ、部屋に来ていいと言われたのだからこれはチャンスだ。この好機を逃す手はない。

「はい、これ。俺の奢りな」
 傑の部屋に行く前に自販機でジュースを二本買って来た。そのうちの一本を傑に差し出す。今まで見たことのない、どぎついピンク色の缶だ。ベッドにもたれ掛って小説を読んでいた傑が目を上げて、思い切り顔をしかめた。
「何それ」
「知らね。新商品だってさ。傑飲んでみてよ」
「……私に冒険させて、君は安全な味を選ぶのかい」
 悟が反対の手に持っているファンタのグレープ味の缶を見て傑が苦笑した。それでも律義に受け取ろうと伸ばされた傑の手に缶を押し付ける。缶の蓋は空いていた。
「俺も冒険したし。美味いから傑も飲んでって言ってんだよ」
 嘘だ。飲んでいない。傑を信用させる為に中身を少し捨てた。見た目でどぎつい味っぽかったから、このジュースに混ぜようと決めた。味を知らなければ、多少変な味がしても気付かない。だから味を誤魔化せるんじゃないかと思って。口に出さなければバレる筈もないことだが、バレるんじゃないかと内心ではひやひやしている。
「ふうん。そんなに美味しいの?」
 傑は悟の嘘を疑いもせず、躊躇いもなく飲み口に口をつけて飲み始めた。喉を反らして、その喉がごくごくと上下する。あ、後戻り出来ないじゃん、と今更のように気付いて、落ち着かなくなる。
「どうしたの、悟」
 じっと傑を見つめていたことを不審に思ったらしく、缶をテーブルに置いた傑が訊いた。悟は目を逸らした。
「あ、いや……。俺、ちょっと洗面所借りていい?」
 傑の返事も待たずにファンタの缶をテーブルの上に置いて廊下へ引き返した。狭い洗面所に入って電気を点ける。鏡に映る自分の見慣れた顔が、いつも以上に白くて強張っていた。らしくもなく、緊張しているのを隠せていない。こんな顔色だと、傑に怪しまれてしまう。
 落ち着け、と深く息を吸って吐く。ポケットから取り出した小さなボトルの、この計画を実行するに至るまでに暗記するくらい何度も読んだラベルに目を走らせる。『ムラムラしてすぐに恋人とエッチしたくなっちゃう♡』という謳い文句は何度見ても馬鹿っぽい。その他、即効性、効き目が強い、というようなことが書いてある。
 これを、さっきの得体が知れない缶ジュースの中に垂らした。傑に、自分を襲わせる為に。既成事実を作る為に。そうでもしないと、傑とは永遠に『親友』のままだから。
 親友でいるのは嫌だ。傑と、『そういうこと』をする関係になりたい。日に日にその思いが強くなって、抑えが利かない。傑のことを、全部知りたい。悟には見せたことのない顔を、全部見たい。
 と思ってこんなぶっ飛んだ計画を立てて実行したらあっさり上手く行ってしまって驚いた。本当に今から襲われるのかとドキドキしたが、その緊張の数秒が過ぎ去ると不意に冷静になった。そもそも本当にこんな物が利くのかと疑問に思い始める。偽物だったりして。
「……」
 偽物、という言葉に、急に力が抜けた。偽物の可能性は充分有り得る。安価で誰でも買えるような代物だ。効果なんて何となく、くらいのものかも知れない。
 馬鹿みたいだ。偽物に踊らされるなんて。傑にも翻弄されて、傑の言動一つに簡単に振り回されて、……馬鹿だ。
「はは。だっせえ」
 苦笑してボトルをポケットに戻した。溜息を吐いて部屋に戻ろうと鏡に背を向けた。だが洗面所を出たところで、大きな影がぬっと現れ悟の進路を塞ぐ。
「さとる、」
「っうわ」
 腕を掴まれ、強い力で引っ張られてバランスを崩しそうになる。壁に背を押し付けられ、何、と思った瞬間目の前に傑の顔が迫った。ひゅ、と喉が奇妙に鳴る。傑は奇妙に顔を歪め、苦しそうに口から息を吐き出している。
「私に、何を飲ませた」
「っえ、」
 バレてる、と鼓動が一気に速くなった。
「悟、逃げて。……っ悟を、傷付けたくない、」
 答えあぐねているうちに、傑が益々苦しそうに顔を歪めて呻いた。何を飲ませたか、恐らく彼は気付いているだろう。だって、ズボンの前がぱんぱんに張っている。顔も赤くて、口から出た熱っぽい息が悟の頬を掠める度にぞくりとする。薬の所為で強制的にとはいえ、ムラムラしている傑を間近で見てドキドキする。どうやらあの薬は本物だったらしい。
 でも、ムラムラして、悟を食べたくて仕方ない癖に、なおも親友だから手出ししたくないと言い張る彼にムッとする。理性なんて、殆ど残っていない癖に。その僅かな理性を崩壊させて、本能剥き出しの雄になった傑が見たい。
「傷付けりゃ、いいだろ」
「悟、何を、――っやめ、」
 傑の股間に手を伸ばして触れる。服の上から軽く触れただけなのに、傑の身体がビクリと跳ねた。硬くて、熱くて、脈打っているのを布越しに感じる。口元に笑みが浮かび、欲と戸惑いを同時に顔に浮かべている傑を見て下唇を舐めた。
「バッキバキじゃん。俺が舐めてやろうか」
「……さとる、」
 わざと煽るようなことを言えば、傑に切羽詰まったような余裕のない声で名前を呼ばれてぞくぞくした。壁に身を押し付けられたままでキスされる。貪るように、すぐに舌を差し込まれた。
「ッん……♡」
 傑の舌が触れた場所が、忽ち熱を孕む。そこから全身に熱が伝播するみたいに身体がカッと熱くなった。くちゅ♡ぬちゅ♡と濡れた音をさせて唾液を絡めて舌を吸われる。まるでこれはキスなどという生易しい行為ではなく、捕食だ。獣が肉を貪り食うような激しい口付け。未知の感覚が恐いのに、気持ちよくて両目の端に涙が浮く。
 口から魂ごと吸われてしまうみたいに。傑に全部吸い取られて抜け殻になってしまうみたいに。いっそそうなって欲しかった。身体も心も、傑に支配されてしまいたい。
「んく、ん、んっ♡」
 思考力も理性も全部一瞬で溶けて、頭がボーッとしてくる。上顎を舌になぞられながら、両足の間に膝を割り込まされた。ぐり、と膝に股間を押され、ビクッ♡と身体が跳ねる。ぐり、ごり、と刺激され、そこが硬く張り詰める。身体から力が抜けて、壁と傑の身体に挟まれたままでくたりと壁に身を預けてへたり込んでしまいそうになる。
「ん、はぁ♡ッあ、すぐる、」
 ようやく激しいキスから解放され、傑の唇と悟の唇の間で唾液が糸を引く。ずる、と壁に沿って座り込んでしまいながら、酸素を求めて大きく息をする。悟の前に屈み込んで、傑が悟のスウェットのゴムの部分を掴んで下着ごと強引にずり下ろした。キスと、膝での刺激の所為で緩く勃ち上がってしまった前が暴かれる。かあっと頬に血が集まった。
「傑、――ッあ゛……っ!」
 おもむろに、屈み込んだ傑が勃起の中心に舌を這わせた。ぬろ、と這う濡れた舌が敏感な場所をなぞる。ぞくぞくぞくっ♡と身体に電気が流れたような衝撃が走った。
「さとるが、逃げないから悪い」
 そこで喋るなと言いたいのに、吐息が性器に掛かっただけで力が抜ける。そんな少しの刺激にも反応するのに、舌にカリの窪みの部分をなぞるようにされてびくびくびく♡と腰が跳ねた。
「や♡あ、すぐる、ッあ♡」
 もとより逃げるつもりなんてない。ずっとこうされたかったのだから。
「すぐる……♡」
 壁にもたせかけた上半身が更にずり落ちる。露出した敏感な亀頭にじわりと透明な蜜が滲む。尖らせた舌先で尿道口をつつかれ、窪みに水溜りを作り始めた卑猥な汁を、肉厚の舌に塗り込められる。どぷりと先走り汁が溢れ出た。咥えられ、先端をじゅるりと吸い上げられる。腰が、蕩けてしまいそうになった。
「あ゛ッ♡す、すぐる、や♡あ゛ッ、ひい゛っ♡」
 じゅぷ♡じゅぷ♡じゅるる♡と唾液の音をさせながら激しく吸われる。先走り汁がどんどん溢れて、唾液と混じって卑猥な音を奏でる。根元まで咥え込まれてしまい、傑の口の中の粘膜が性器を覆う。未知の感覚だ。けれどそれは明らかな快感だ。ビクッ♡ビクッ♡と腰が震えて、止まらない。身体は更にずり落ちて、今や背中の下半分は床についてしまっている。
「あ゛っ♡ん、あ゛っ♡らめ、あ゛ッ♡」
 傑を引き離そうと震える手で頭を掴んだ筈だ。なのに必死に傑の髪に指を絡めながら切なげに腰を振っている。傑の纏めた髪が悟の所為で乱れてほつれる。はらりと顔の横に落ちた長い髪が太腿を掠めて、こそばゆいような刺激に太腿まで性感帯になってしまったようにびくりと震える。
「ひ♡あ、あ゛ッ♡す、すぐ、りゅ♡あ゛ー……ッ♡」
 口の中に出し入れされ、じゅぷ♡じゅぽ♡と羞恥を煽るような音が廊下に響く。竿を濡れた粘膜に擦られ、奥まで咥え込まれると傑の喉奥に亀頭がぶつかる。たまらないくらい気持ちいい。自分で、指でするのとはまるで違う。頭の中が真っ白になる。
「すぐる、……っも、だめ♡イく♡イきそ、」
 口の中に出すなんて、と反射的に傑の頭を掴む手になけなしの力を込めて離そうとするのに、傑は追い討ちを掛けるようにじゅるじゅるときつく吸い上げた。何も考えられなくて、思考を手放したみたいにイく♡とそれだけで頭が一杯になる。腰を前に突き出すと、熱くてどろりとしたものが自分の性器から迸るのが分かった。
「あ゛っ♡はぁ゛ッ♡だめ、あ゛っ♡」
 びゅるびゅる♡びゅくく♡どぴゅ♡
 大量の精液を傑の口の中にぶちまけてしまう。罪悪感と快感と背徳感と色々がごっちゃになって涙が出た。口の中に出してしまったショックで呆然としたまま、がくがく震えながら殆ど力の入らない手で傑を引き離そうとする。今度は傑はその弱々しい力に反抗せず口を離した。萎えた性器と傑の口の間を、粘度の高い白濁が繋いでいる。目を背けると両足をぐいと左右に大きく広げさせられて、性器のその更に下、尻の割れ目に濡れた感触が這う。両手をそっと添える手付きは優しく、しかし左右にぐぱ♡と穴を拡げる動作は強引にされて、ギョッとした。
「な、何、待っ、」
 振り向くと同時、悟の精液やら傑の唾液やらで濡れた傑の指が一本、つぷりと穴の中に差し込まれた。ビクンッ♡と身が仰け反って、喉から悲鳴じみた奇妙な声が漏れる。
「あひ……ッ♡や、やあ゛っ待、あ゛ッ♡♡」
 強烈な異物感に眉根が寄る。いやいやと弱々しく首を横に振るが、そんなささやかな抵抗などまるで意味を為していないらしく、もう一本指が入って来る。中の様子を探るように動かされると、ぐちゅ♡ぬぷ♡と濡れた音がした。
「す、ぐる……っ♡それ、やだ♡や、」
「っごめん、悟、待てない」
 苦しそうな声が頭上から降って来る。見上げれば申し訳なさそうに顔を歪め、けれども目にぎらぎらと熱を孕ませた雄の顔をした傑と目が合う。ぞわりとした。
 傑は、これから親友を犯すつもりだ。悟に薬を盛られた所為で。急に恐くなった。親友に振り向いて欲しいと思ってこんな突拍子もない計画を実行に移した癖に、いざその段階になると恐怖で身が竦んでいる。だってセックスなんかしたことがないから。恐い。
「傑、お、俺、やっぱり無理、」
 自分で仕掛けておきながら物凄く酷いことを言っていると自覚はあるものの、恐怖に支配された脳は傑のことまで考える余裕がない。逃げるようにずりずりと再び壁に背を預けて起き上がろうとするが、傑にぐいと腰を引き寄せられてまた床に背中をつける羽目になる。
「今更、逃げないで」
「あ……ッ!?♡」
 ぐぷっ♡
 覆い被さるようにして悟の退路を塞ぎながら、傑が指を二本とも根元まで埋めた。濡れた音がして、肌が粟立つ。嫌だ、恐いとその思いだけで一杯だ。なのに振り払うことが出来ない。
 中の具合を確かめるようにして指が体内で蠢く。狭い場所を解すように掻き混ぜ、出し入れして、拡げる。嫌なのに、反射のようにビク♡ビク♡と腰が跳ねる。
「っあ、あ♡すぐる、」
 当然処女の悟の中がすぐに解れる訳はないのだが、何故か前は中途半端に緩く勃ち上がりかけている。ぞわぞわと、得体の知れない感覚がさっきから体内を駆け巡っている。下腹が鈍く疼く違和感に眉根が寄る。きっと恐怖の所為だ、と思う。でも、恐いだけなら何故勃っているのか説明出来ない。
「さとる、挿れていい?」
「や……っ♡」
 いいワケねえだろ馬鹿。
 という言葉の代わりに、ぬぷ♡と指を引き抜かれる感触にぞわりとして上げた中途半端な声が出ただけだった。
 圧迫感と異物感がなくなっても全く安心しない。むしろ物騒な言葉に恐怖しか感じない、筈だ。引き攣った表情で見上げた傑の顔には普段の穏やかさなんて見る影もなくて、餌を前にした空腹の獣のように目がぎらついている。その表情にドキドキしている場合ではないのに、硬直したまま動けない。
 傑が余裕を失った表情で、左手だけで不器用に自分の前を寛げるから、そこから目を逸らせなくなる。ベルトを緩め、ジッパーを下げて、現れたのは既に臨戦態勢に入った太い雄だ。ビキビキに浮き出た血管がどくどくと脈打ち、張り出したカリの先の赤黒い亀頭が先走り汁でぬらぬらと濡れ光っている。
 ひく、と喉が鳴った。顔から血の気が引くのを感じる。こんなの挿れられたら死ぬと思った。
「すぐる、なあ、待って、」
 いつの間にか片足から抜き取られていたズボンと下着をもう片方の足からも脱がされて、下半身丸出しの間抜けな格好を強いられる。
 勝手に閉じていた足をまた大きく開かせられて、さっきまで指が埋まっていた場所に、ひたりと亀頭をあてがわれる。どういう訳か、穴がひくん♡と震えながら亀頭に媚びるように吸い付く。
 挿れていい? は相手に許可を求める質問ではない。挿れさせろという命令だ。悟の了承など得ずとも、今の傑には悟を犯す気しかない。恐怖のあまり泣き叫んでしまいそうだ。
「ま、待って、い、いれるの、だめ、」
「ごめん、無理」
「や、やだ、ッ待っ、――ッあ゛あ゛……ッ!」
 願いが聞き入れられることはなく、ずぷ♡と太いもので一気に奥まで貫かれた。強引にこじ開けられた場所を、奥の奥まで暴かれる。身が仰け反り、喉から潰れたような声が漏れる。内部を一部の隙もなく埋め尽くしたものが中でどくどく言っている。無理矢理拡張された場所が痛くて息も出来ない。前が萎えて、必死に堪えていた涙が両目からぼろぼろと溢れ出た。
「悟、ごめん、」
 口調だけは申し訳なさそうに謝りながら、薬を盛られた傑にはもはや歯止めが全く利かないらしかった。ぬぷ♡と怒張を浅い場所まで引き抜いて、また狭い中に無理矢理捻じ込む。粘膜が太い竿に擦られて、目の奥で火花が散った。
「ひ♡あ゛ッ♡や♡待って、ッあ゛っ♡やぇ゛、」
「悟の中、あつい、」
 傑の声が耳朶を擽る。痛くて死にそうな筈なのに、耳朶に吐息が掛かるとぞくりとした。痛い。こわい。でも、傑のが自分の中に入っているのが嬉しい。傑の余裕のない顔を見れて嬉しい。身体の内側から湧き上がって来るような官能と悦楽が、全身を跡形もなく溶かしてしまいそうだった。
「さとる、」
「はあ♡あ、あ゛ッ♡ひ♡あ゛っ♡」
 切羽詰まったような声が名前を呼ぶと心臓がきゅうっとする。思わず傑の背に腕を回してぎゅっとしがみ付いた。容赦なく腰を打ち付けられながら、萎えていた前を握られる。ひ、と息を呑むと、そこを上下に扱かれ甘い快感が腰を蕩かせた。
「ッあ゛……っ♡♡す、すぐる、」
 すぐに硬くなった前が、たらりと先走り汁を零す。それを指に絡めて扱かれて、ぐちゅ♡ぬちゅ♡と卑猥な水音が鼓膜を犯した。後孔の痛みから少し気が逸れて、快感を追うことに脳が支配される。奥を、太いものに攪拌される。
 いたい、きもちいい、どっちなのか分からない。
「あ、あ゛っ♡傑、ッ♡あ゛ッ♡」
 ず♡ぬぷ♡ぬちゅ♡ぬぷ♡
 ビクッ♡ビクッ♡ビクッ♡ビクンッ♡
 中に出たり入ったりする度に卑猥な音が響く。擦られる内壁が熱く、奥を突かれる度に腰が跳ねる。痛くて気が狂いそうだったのに、痛みが最初程酷くないことに気付く。奥まった場所が鈍く疼く。消えかけた火がいつまでも燻っているように。鈍痛、にも似た愉悦が、脳髄をじわじわと麻痺させていく。
「ふあ♡あ゛……♡」
 どちゅ♡と深い場所に亀頭をぶつけられて、どぷりと先走り汁が零れ落ちた。それを性器に塗り込めるようにされて、ビク♡ビク♡と歓喜するように腰が震える。
 喉が仰け反る。腰が揺れる。抽挿を繰り返される度、傑のものの太さに後孔が馴染んでいく気がする。いつの間にか、痛みが快感を伴う痛みになり、更には痛みを伴う快感へと変化する。痛みが完全に消えるとどうなってしまうのか。痛くて恐かったのに、今度は気持ちいいのが恐い。自分が自分ではなくなってしまいそうで。
「や、やら♡すぐる、やだ♡」
 恐いから、必死で拒む。言葉では拒否しているのに、中が疼く。きゅん♡と収縮し、傑の硬い性器に媚びるようにして絡み付いている。熱に浮かされたように身体が熱くて、じんじんする。
「っさとる、可愛い」
「ひ、あッ♡あ、あ……っ♡」
 可愛いと、普段より低い声に言われて甘い愉悦が全身を駆けた。ずんっ♡と腰を打ち付けられ、快感が頭の芯まで蕩かせる。痛みなんてもう殆どなくて、ビクン♡ビクン♡と悦ぶように動く腰を止めることが出来ない。
「悟、ねえ、悟、好き」
 一番言われたかった言葉に心臓が跳ねた。媚薬の所為で朦朧としたまま口にしているだけだと分かっている筈の、空虚な言葉だ。なのに嬉しい。この場限りのまやかしの言葉だと分かっていながら、俺も、と伝えるように、傑の背に益々ぎゅうとしがみ付いた。
「あ、ふあ♡あ゛ッ♡あ、」
 ごちゅ♡と亀頭が奥を抉る。悦楽が頭の天辺から足の爪先までを貫いた。意識が飛びそうになる。びくびくびく♡と身体が痙攣し、快楽の奔流に押し流されるみたいに、びゅる♡と白濁が飛び散った。
「っひ♡あ、あ……っ♡♡♡」
 びゅ♡びゅっ♡びゅくっ♡びゅっ♡
 飛び散った精液が服や顔にまで掛かる。傑の頬にも飛んで付着した。傑のものが、中でどくりと脈打った。熱くてどろりとしたものが、腹の中に大量に注ぎ込まれていく。中出しされている。肌が粟立つような悦びが、身の内から湧き上がって来る。
「っ悟……、ねえ、気持ちいい?」
「わ、わかんな、ッあ♡あ、」
「でも、出てるよ」
 うるさい、言わなくていい。そう言いたいのに、萎えた性器に纏わり付いた白い精液を塗り込むみたいにしてくちゅくちゅと亀頭を撫でられて、ぞくぞくぞくっと身体が痺れる。また勃って、傑の指に押し付けるようにして腰を跳ねさせながら、先走り汁がとぷとぷと溢れ出る。敏感になった身体が壊れたみたいに何度もビクン♡ビクン♡と痙攣して、気持ちいいのが、ずっと止まらない。
「あ゛ッ♡ひ、んッ♡あッ♡」
 しかも、体内に埋まっている傑の雄が全く硬度を失っていない。硬いまま、抜くこともせず奥に挿れられたまま、別の生き物のように脈打っている。
「あ、す、すぐる、」
「ごめん、悟」
 ずろ、と浅い場所まで抜いた勃起を、また深い場所へ打ち付けられた。ごちゅ♡と鈍い音と共にぶつけられ、ごりごりと抉られ、頭の中が真っ白に染まる。
「ふあ♡あ゛ッ♡や、待っ、イッた、から、もう、らめ゛♡」
「ごめん、まだ、足りない」
 苦しそうな声に嘘だろと思ったが、勃起したままの性器で貫かれている現状を見るとどうやら嘘ではない。強烈な効き目の薬を傑に盛ってしまったらしかった。愕然とする思いとは裏腹に、中を激しく犯されながら性器まで扱かれて身体はびくびくと反応している。イッたばかりで異様に感度の良くなった性器がふるりと震えながら、赤くなった亀頭を傑の指に虐められて悦ぶ。精液でべとべとになった先端からまたとぷ♡と透明な蜜が出て来て、精液と先走り汁が混じり合ってぬるぬるになっている。
「や゛ぇ゛、て……♡さきっぽ、らめ♡ひう、あ゛ッ♡」
「さとる、全然足りないんだ」
「ッあ゛♡や、やら♡も、だめ、ッあ゛ッ♡」
「ごめん、」
 罪悪感を覚えているような声の癖に、傑の腰の動きには一切容赦がない。ずちゅ♡ずぷ♡と中の精液を攪拌するように抜き差しを繰り返されて、蕩けそうな程の快感が全身を襲った。カリの段差が内壁に引っ掛かって、擦られるとビクンッ♡ビクンッ♡と腰が痙攣する。出て行った後の空洞が寂しげにひくんと疼く。それは一瞬のことで、すぐにまた太いものを捻じ込まれると襞が悦ぶようにして傑の勃起に絡み付く。
「あ゛♡あ、あ゛ッ♡すぐる、」
 気持ちいい。痛かった筈なのに、堪らなく気持ちいい。でもそれが恐いから、傑に縋り付く。ほつれた傑の黒髪が頬を掠めて、さとる、とまた低い声に呼ばれると声に反応するみたいに身体が震える。
「ッ傑、も、俺、またイきそ、ッあ゛っ♡」
「イッて。悟がイくとこ、いっぱい見たい」
「や、やだ、ッあ゛……ッ♡♡♡」
 そんなもの見られたくないのに、至近距離で傑に見つめられながらぐぷ♡と亀頭を捻じ込まれて、敏感になった身体があっけなく限界を迎えた。びゅる♡びゅくく♡と弧を描いて白濁が飛ぶ。かわいい、と囁かれながら、また中に出される。
「ひ♡あ、あつ、ッあ゛……っ♡」
 あつい。あついのが腹の中をいっぱいに満たしている。
 ねえ、私の子を孕んでよ、と訳の分からないことを言い始めた傑に媚薬の所為でおかしくなったのかよと危機感が芽生えるが、傑の精液を二回も中に出されて自分がメスになってしまったみたいで、嬉しい。嬉しいなんてどうかしているのに。
「傑、は、腹、あつくて、も、だめ♡ッあ゛っ♡」
 支離滅裂な言葉の途中でぬろ、と性器を抜かれて、全部抜けると傑の性器の所為で拡張されてしまった穴がひくん♡と蠢いた。雄を受け入れる為に存在するメスの穴みたいに、ピンク色の媚肉がひくひくと痙攣を繰り返す。腹の中にいっぱい出された濃い精液がどろりと逆流して、廊下に垂れた。
「あ゛ッ、ふあ、あ……っ♡」
 あまりの快感に射精が終わってもまだ時折ビク♡と腰が震えて、ぐたりと弛緩したまま身動きが取れない。傑に腰を引き寄せられて、二回出してもまだ硬いままの勃起の先をまた後孔にくぷりと埋められてギョッとする。
「や……っ、待、も、無理、」
 ありったけの力を振り絞って傑の身体を押し退けて、出来得る限り素早く起き上がろうとして阻止された。身を反転させたところで腰を掴まれて、うつ伏せに床に倒れ込む羽目になる。あっという間に腰を引き寄せられ、床の上をずるずる滑りながら傑の手中だ。
「悟、もっとしたい」
「ふ、ふざけんな俺はもう無理いやだ、」
 諦め悪く腹這いで逃げようとする。下半身丸出しの無様な格好で。甚だ滑稽な光景だが、笑いごとではない。これ以上突っ込まれたら身が持たない。だが今の悟は身体に力が入らなくて、相手は二回出したのにけだもののようにまだ発情している。どう考えても分が悪くて勝ち目がなくて、案の定背中に傑が覆い被さって来て、逃げられない。顔を寄せられ、切羽詰まった声が耳を犯す。
「逃げないで、さとる」
 首から上だけで振り向けば、傑の目はぎらついて欲望剥き出しのままだ。恐怖で身が竦み、声も震えた。
「すぐる、ほんとにもう無理、」
「ごめん、悟」
「待、――ッあ゛♡あ、あぁ゛ッ♡♡♡」
 無理矢理腰を浮かせられながらぐぷりと捻じ込まれ、四つん這いのような体勢になった身体がビクンと仰け反った。すっかり解れて柔らかくなった穴に、驚く程すんなりと入ってしまう。もはや痛みもない。快感が背筋をびりびりと駆けるが、イかされたばかりの身体にはその強い悦楽は毒でしかない。強制的にまた勃起させられた前が、たらたらと先走り汁を垂らして廊下を汚した。
「ん゛ッ♡あ、あ゛っ♡やら♡あ゛んッ♡も、だめ、」
「悟、可愛い。すき、」
 至近距離で傑が囁くので、耳に息が掛かる。ぞくぞくした。絶対に逃げられないと思った。傑に絡め取られて、逃げられない。蜘蛛の巣に絡め取られる虫のように。さながら、傑は大きな毒蜘蛛だ。
 傑がいないと生きていけなくなりそうなくらい、もう傑のことしか考えられない。
「あ、あ゛ッ、すぐる♡ふあ、あ゛ッ♡も、無理、むりぃ゛っ♡」
 ぱちゅ♡ぱちゅ♡と卑猥な音が廊下に響く。結合部からそんな生々しい音がするなんて、当然今まで知らなかった。繋がっている場所が出している音を聞きながら犯されていることに、どうしようもなく興奮する。奥を突かれる度、びゅ♡と性器の先端から先走り汁が飛んだ。ずっと喘いでいる所為で開いたままの口からも涎が垂れて、廊下が悟の体液で更に酷く汚れていく。
「も、だめ……ッ♡や、あ゛っ♡」
 繋がったまま、傑の手に乳首を摘まれた。くにくにと捏ねられ、指で押し潰される。硬くなって張り詰めて、そこがどんどん快感を拾う。じんじんと甘く切ないような快感が腰を蕩けさせる。ひくん♡ひくん♡と身体が小刻みに震えて、高みに上り詰めるように快感だけがひたすら身体に蓄積されていく。
「すぐ、りゅ……♡や♡そこらめ゛え゛……っ♡またイッひゃ、」
 どちゅ♡と深くまで突き刺された途端、また射精してしまった。今度は勢いのない薄くなった精液がとろとろと垂れて床の上の先走り汁と混じり合う。はー♡はー♡と息を荒げながらぐたりと身体を弛緩させる暇もなく、まだ硬いままの性器にすっかり蕩けて緩み切った穴の中をぐちゅぐちゅと抉られる。気が遠くなりそうな快感が、また襲い掛かった。
「っああ゛……っ♡やあ゛っも、無理、♡だめ♡こわれひゃう……っ♡」
 いやいやと首を横に振ると、ぺたりと床に触れた頬が床についた自分の唾液で汚れた。覆い被さった傑にべろりと耳を舐められてビクッと身体が跳ねる。許容量をオーバーした快感に頭も身体もパンクしそうで、恐い。恐くて涙がぼろぼろ零れる。
「私、は、もっとしたい、」
「や、ッあ゛♡む、無理、……ッも、ゆるじで♡こわい、」
 哀願の言葉は聞き入れて貰えず、さとる、さとる、と何度も名前を呼ばれながら抽挿を繰り返される。半勃ちの性器が完全に勃起するより先にぴゅく♡と精液を吐き出した。馬鹿になったみたいに、びくびくと腰が震えたままだ。ずっと気持ちいい。ずっとイッてるみたいな感覚が続く。射精するまでの間隔が明らかに短くなっていて、このままじゃ本当にイきっぱなしになるんじゃないかと恐ろしくなる。
「っねえ、悟、好き」
「あ、あう、あ゛ーッ♡あ゛ー……ッ♡♡♡」
「さとる、」
 耳元で何度もしつこく名前を呼ばれながら奥を穿たれ、また射精する。びゅ♡と殆ど透明に近い精液が出て、次いでぷしゃ♡と水のような液体が迸った。しかも一回では止まらずに、ぷしゅ♡ぷしゃっ♡と断続的に床に飛び散る。気持ちいいのと混乱とで、頭の中がパニックに陥る。
「あ、何、やだ♡あ、あ゛っ♡」
「可愛い」
 うなじに吸い付かれながら、傑の精液がまた中に注ぎ込まれるのを感じる。受け止め切れなくて、ぶひゅ♡と下品な音をさせながら穴からぼたぼたと精液が溢れてきた。溢れるくらい自分の中が傑の出したものでいっぱいになっているのが幸福で、廊下に潮を撒き散らして泣きながら、悟はぼんやりと口元に壊れたような笑みを浮かべた。


「すまない。本当に申し訳ないことをしたと思っている」
「なあーいつまでそのかっこでいるんだよ?」
 傑のベッドの上に胡坐をかいた悟が掠れた声で訊いた。散々あられもない姿で喘がされていた所為で声が枯れている。傑は床に額をつけて、かれこれ五分くらい所謂土下座の体勢のままだ。長い髪は解いてあり、顔の周りを覆って床にも垂れている。いい加減に顔見せろよと思う。
「許されないことをしたのは分かっている。罪滅ぼしになるなら、悟の言うことは私に出来ることなら何でも聞く」
「許さねえなんて言ってねえじゃん。つーか元々俺の所為だし」
「……でも、」
「なあ傑、」
 するりとベッドから降りて、まだ顔を上げようとしない傑の前に座り込む。傑の前髪と思しき顔の前に垂れている黒髪を掴んで、ぐいと顔を強引に上げさせた。傑は罪悪感と申し訳なさで死にたい、みたいな顔をして、悟と目が合うと即座に目を伏せた。それが気に入らなくて、もっと髪を引っ張って顔を上に向かせて無理矢理視線を合わせる。気まずそうな顔。媚薬の効果が切れたので、さっき獣じみた顔をして自分を犯していた男の面影はもう何処にもない。
 さっきの顔と、今の顔。そのギャップにくらりとする。
 涼しい顔をしている癖に、あんな雄の顔で俺を犯すのかと思うと、また欲望に火がつきそうだった。
 欲望には、際限がない。どうやったって、傑を手に入れたくて仕方ない。恐いだとか無理だとか散々言った癖に、また犯されたくなっている。いっそ壊して欲しい。傑無しでは生きられなくして欲しい。イカれているなと自分でも思う。
「俺の言うこと聞くって言ったな?」
「い、言った、けど、」
 悪戯を思い付いた子供のように悟がにんまりと笑うと、反対に傑は嫌な予感に顔を強張らせた。そんなビビんなよ、と低く笑いながら傑に顔を近付ける。
「じゃあさ、俺と付き合えよ」
「……っえ、」
「俺のカレシになって」
「悟、それは、」
 迷うように傑が視線を彷徨わせる。面白くない。うんって言えよと苛立つ。
「ヤなの? 俺のこと好きって、可愛いって何回も言ってた癖に」
「……」
 我ながら狡いことを言っているとは思う。あれは、傑の本心ではない。媚薬の所為で朦朧としたまま口走っていただけだと分かっている。でももっと狡いことを言わないと、傑はオトせない。何せ、傑と違ってこちらは経験値が足りない。だから卑劣な手段も使う。
 もっと卑怯な手を使って、この駆け引きに勝たないと傑に媚薬を盛った意味がない。だから、悟は傑の髪を掴んでいた手を離して、ゆっくりと傑の頬を撫でた。
「俺の家は呪術師の旧家だって知ってるよな? 言っとくけど、五条家の坊をキズモノにした悪い男のこと、実家の連中は放っておかないと思うぜ」
 硬直したままの傑の耳元に顔を寄せて、オマエ消されるかもな、とたっぷりと含みを持たせて囁く。が、勿論嘘だ。実家なんて、悟がどうなろうが別に気にしないだろう。悟のこの特殊な目と能力が必要なだけで、悟本人が何処で誰とどうなろうが干渉しない。でもそうではないように見せかける。何故ならこれは駆け引きだから。駆け引きには嘘も必要だ。
「……わ、分かった……。付き合うよ。それで君の気が済むなら」
 きひっ、と歯を見せて笑い、悟はとんでもないことになってしまったと思っていそうな傑の身体に身を寄せた。傑が身を強張らせて、少し迷うような素振りを見せた後、――ぎこちなく悟の肩を抱いた。