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「で、罰ゲームってなんだよ」
 体術の授業が終わった後、使った道具を倉庫に片している途中で、おもむろに悟が背後から傑に声を掛けた。振り返れば、薄暗くて埃っぽい倉庫の中、悟がぶすっとした顔で傑を見ている。薄闇の中で悟の白い髪と白い体操着の半袖とがぼんやり浮かび上がり、特殊な青い目は不服そうな色を滲ませていた。
「え、今?」
 それより片付け手伝ってよと思いながら、それを口に出したところで多分悟は聞く耳持たずで『今すぐ罰ゲームの内容を言え』と要求を突き付けて来るのだろうなと目に見えている。まあ、今日は片付けさえ終わらせれば任務も授業もないので、片付けが多少遅くなっても問題はない。先生も急に呼ばれて隣の県まで出向いてしまったし。
「罰ゲーム、受ける気あるんだ?」
「はあ? 当たり前だろ。そういう勝負だったんだから。男に二言はねえよ」
 悟は眉をひそめてさも当然のように言い放った。台詞が無駄にかっこいい。平成を生きる武士みたいだ。
 傑には少々意外だった。男らしい台詞とは裏腹に不服そうな顔とはいえ、悟は傑が決めて、悟が乗ることにしたゲームのルールに従おうとしている。ルールも決まりも無視して倫理観なんてものを持ち合わせていない、というのが、傑の悟に対する印象だったが。少々その認識を改めないといけないかも知れない。
 とはいえ、別に負けた悟に何かして欲しいということまでは考えていなかったので、傑は少し黙り込んだ。
 体術の授業を真面目に受けない悟を見かねて、組み手で勝負しようと持ち掛けたのは傑だ。勿論、悟は面倒臭いと拒否した。それは予測していたので、勝った方が相手の言うことを一つ聞くことにしようと更に提案した。悟はすぐにOKした。邪心の塊の悟は小学生レベルの罰ゲームを色々空想していたのだろうが、結果は傑の圧勝だった。
 悟は呪術師としては強い。だがその呪術を使えないとなると、入学以前より格闘技を趣味として鍛えている傑に勝てる筈もなくあっさりと惨敗した。その後どうやら闘争心に火がついたらしく、不貞腐れずに授業が終わるまで真面目に話を聞いて実技に取り組んでいたので、傑の目的はそこで果たせた。罰ゲームで悟にして貰うことなど、特に考えていなかった。
「俺になんか奢らすか? 何が欲しい?」
「いらないよ」
 小生意気に薄らと笑みを浮かべて小首を傾げる悟の提案を、傑は突っぱねた。悟の実家は金持ちだ。金持ちに奢らせても全く面白くない。もっと別の――悟のこの余裕をなくすような、何かそういう罰ゲームの方が、そそる。
 余裕のない悟、というのが想像出来ない。悟はいつも余裕だから。任務中も慌てたり狼狽えたりしない。自分は強いという自負があるから。普段の生活でも、人を喰ったような態度を貫いている。呪霊だろうと人間だろうと、虫ケラも同然だと言わんばかりに。  だからこそ、余裕のない悟を見たいと思った。美しく作り物めいた笑みよりも、人間くさい顔が見たい。悟も自分と何ら変わらない、不測の事態に慌てる普通の人間なんだと知って安心したい。
「なー、言えよ。もしかして考えてなかったのか? せっかくこの俺を服従させるチャンスなのに」
 身を屈めるようにして、傑の顔を覗き込む。ふわっと白い髪が鼻先を掠め、さっきまで派手に暴れまくっていた所為で、悟の身体からは少しだけ汗のにおいがした。不意にその身体に触れたくなったことに、戸惑う。同時に、ピンと閃いた。とても下らないことを。
「じゃあ、擽りの刑にしよう」
「くすぐり? のけい?」
 何だそれ、と意味が分かっていない顔できょとんとする悟の背後にするっと回り込んで、軽く抱き竦める。女子のように華奢ではないが、鍛えている自分よりは細い。上気した悟の肌のぬくもりに、何故かぞわぞわと落ち着かなくなる。こんな風に、悟に触れても無限に弾かれないのは自分だけだと知ったとき、物凄い優越感を覚えた。自分だけ、悟の特別なんだと浮かれてしまった。
「っちょ、傑?」
「これは罰ゲームだから、無限で弾いちゃだめだよ」
「え? 分かっ、――っひい゛ッ!?」
 意味もよく分かっていないような『分かった』の途中で、悟の脇腹に手を滑らせてこちょ、と脇腹を擽った。途端に、悟は言葉を止めたかと思うと今まで聞いたこともないような悲鳴を上げる。ビクッ! と身体が跳ねるから、逃げないように悟の身体をぎゅうと抱き締めた。
「す、すぐる、ちょっと待っ、ッあ、あ゛ッ!? あひ、あひゃひゃひゃひゃ、」
 指を全部使って脇腹を両側から擽れば、悟は潰れたような変な笑い声を上げながら身を捩った。うねうねと動く身体を片手で押さえ込んで、もう片方の手を脇の下辺りに滑らせる。汗が少し服に滲んだ脇の下を指先でこちょこちょと刺激すると、悟はビクッビクッと奇妙な痙攣を繰り返しながら息を弾ませる。
「や……ッ、も、離、っあひッ! すぐる、だ、だめ、はひ……っ、」
「もうギブアップなの? 悟。男に二言はないんじゃなかったの」
「だ、ってえ゛……ッ、も、それらめ……ッ、あ、あ゛ッひは、あ゛ッ、」
 切羽詰まったような、悲鳴のような笑い声のような、たまに嬌声に聞こえなくもない声を上げながら、悟が腕の中でうねうね、くねくねと奇妙に身を揺らす。薄闇に慣れた目に、うなじの肌がほんのり赤く色付いているのが目に入った。試しにべろりとうなじに舌を這わせてみると、しょっぱい味がした。濡れたぬるい舌の感触に、悟が壊れた玩具みたいにビクンビクンと何度も身を跳ねさせる。想像以上に悟が敏感で、想像以上に楽しい。
「ひいっ!? しゅぐ、……ッも、やめ、はひ、ひひッ、あ、はぁ゛ッ」
 多分逃げたいのだろうが、力が入らないらしく傑の方にくたっと背を預けて、がくがくと身体を震わせている。傑は脇腹を執拗に擽り続けながら、今度は悟の無防備な耳にふうと息を吹き掛けてみた。
「ッああ゛ッ、しゅぐう、ッひ♡や♡やめ゛ッ♡あ゛っ、」
 呂律が大分怪しくなっている。悟の身体に触れている部分がやたら熱くて、耳まで真っ赤になっているのが目に入って、こっちまで飛び火したみたいに、身体の奥底で何やら得体の知れないものが煮えて、身体が熱を帯びてくる。その熱を持て余したまま、身を乗り出して更に耳を虐めようとして、ふと悟の授業用のジャージの前を押し上げているものが目に入った。にわかには信じられない光景に目を瞠ると、悟がそこを自ずから刺激するように淫猥に腰を揺らして、布地に擦れる感触にびくびくと身悶えした。
「しゅぐ、りゅ、も、俺やだ……ッ♡んッ♡あ、あう♡や……ッ♡」
 べろ、と耳朶を舐め上げ、耳の穴に尖らせた舌先をねじ込む。ぬぽ♡と穴の奥まで入り込ませて、奥を舌先で何度もつつく。執拗で容赦ない擽りの所為か、異様に感度の鋭くなった悟の身体がビクッ♡ビクッ♡と何度も震えて、ジャージの布地にじわりと染みが浮かんで来た。気付かないふりでそこには触れず、脇腹を擽りながら、舌を耳穴に出し入れする。唾液で穴が濡れて、くちゅ♡ぬぷ♡と卑猥な音が倉庫に響いた。耳でも快感を拾うようになってしまったらしい敏感な悟がもはやどう考えても喘ぎ声にしか聞こえないいやらしい声を出しながら、震える手を後ろに伸ばしてぎゅうと傑の太股を掴んだ。
「はひ♡あッ♡すぐる、だめ゛♡あッんあ、あッ♡♡」
 こうまでされて無限を発動させないのは、律儀にルールを守るつもりなのか、親友相手に拒むような行動を取りたくないからなのか。というか、耳に舌を突っ込まれても拒否しない親友って、アリなのか。もっと追い詰めたいと思ってしまうのは、これは友情なのか、劣情なのか、境界線が曖昧になってくる。
「ねえ、勃ってるけど、どうして?」
 耳に息を吹き込むようにして低く囁きながら、すすっと手を股間に移動させる。触れてみたくなったから。理由は説明出来ない。自分でも分からない。親友なのに、親友の勃起に触れたいだなんて。親友の上擦った余裕のない声を聞いて、ぞくぞくしているだなんて。
「擽られて気持ちよくなっちゃったの? さとる」
「ち、がう、ッあ゛……ッ♡♡♡」
 ジャージのゴムの部分に手を掛けて下着ごとずり下ろせば、勃ち上がったものがぶるんと元気よく飛び出した。はち切れそうなくらい膨れて、露出した亀頭が先走り汁で濡れている。それを触りたいだなんて今まで考えたことはなかったのに、何の躊躇いもなく濡れた竿につつと指を這わせてみた。途端に白いものがどぴゅっと溢れ出て、地面に敷いてあったマットレスの上に、ぼたぼたと濃い精液が零れ落ちる。
「っえ、」
「ッあ゛♡は、あぁ゛ッ……♡♡♡」
 まさかそんなにすぐイくと思っていなくて、というか擽られてイくなんて思わなくて、いやそもそも擽られて勃起するとも思っていなかったが、予想外のことが立て続けに起き過ぎて驚いたまま思わず動きを止めてしまうと、射精しながら限界を迎えたらしい悟がぺたんとマットレスの上に座り込んでしまった。ビク♡ビク♡と甘やかに腰を揺らしながら、どろどろと精液を噴き零している。  悟の斜め後ろから見下ろす形で、その涙に濡れた六眼と、蕩けたような恍惚の表情が目に入った。濡れた目がのろのろと傑を見上げて、震える唇が、混乱したようにすぐる、と呼ぶ。縋るような呼び方だ。親鳥の保護を求める雛みたいな――その雛に対して、どろどろのぐちゃぐちゃの感情が膨れ上がるのを感じながら、暴発しそうなそれに傑は慌てて蓋をした。
「っさとる、大丈夫?」
「あ、ッま、待ってやだ、」
「さとる、」
 悟の正面に回り込み、座り込んで錯乱したような悟の肩に手を置く。さも心配している風を装う自分の声を、別の自分が滑稽だと嘲笑う。悟をもっと追い込みたいと思っている癖に。泣き顔を見て、恐らく今までで一番興奮している癖に。
 やだ、と呟くように言いながら悟がびくりと肩を跳ねさせたかと思うと、しょろ、と、萎えた性器の先から粘度のない液体が少量零れた。
「あ、……う、うそ、……っや、やだ……ッ、」
 慌てて隠そうとする悟の手を濡らしながら、しょろろろ……と微かな水音をさせて尿が体外へと放出されていく。一度出てしまうと止めるのは難しいというのは、悟でも同じらしい。悟の尿がマットレスをぐっしょりと濡らして、微かなアンモニア臭が立ち籠める。
「やだ、……ッも、見んな、すぐる、やだ、」
 肩に置かれた傑の手を振り払い、悟が俯く。涙が頬を伝い落ちるのが目に入った。腕で乱暴に涙を拭いながら啜り泣く声と、震える肩と、……萎えた性器を濡らす精液と尿とに、悟をどろどろのぐちゃぐちゃにしてもっと辱めたいという激しい欲望に抑えが効かなくなりそうで、自分でも訳が分からなくて混乱した。
「ごめん、悟」
 また振り払われるかな、と少し心配しながら悟を正面から抱き締める。悟は微かに身を強張らせたが、今度は傑を拒否しなかった。悟の白い髪に顔を埋めるようにしながら、自分の性器が硬く張り詰めているのを悟に気付かれませんようにと必死で願った。親友が漏らしているのを見て勃たせるなんて、バレたら親友でいられなくなる。
 好きかも、と思った。破天荒で無茶苦茶なことばかりする癖に漏らして泣いてしまうくらい純情なところが。暴走してしまいそうだったので一旦悟から離れようとすると、離れる気配を察知でもしたのか、悟がぎゅっと傑の背にしがみついて、離れられなくした。
 好きかもじゃなく、好きだと思った。
 恋を自覚した瞬間に、その恋がぶわりと膨れ上がった。